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だから、藤咲の存在がヴァイオリンを弾く原動力になっている自覚があった。あれから練習していて思い出すのは、藤咲との一緒に弾いたあの楽しかった思い出ばかりで、彼にガッカリされたくないという気持ちがの方が大きかった。 結果は惨敗だったが、それが不思議と更にやる気に繋がる。 「親の言うことに逆らう勇気がなかったんだよ。でも、今日は藤咲に聴かせたいと思ったらヴァイオリンを自然と握ってた。緊張はしたけど、楽しかったよ」 「楽しそうに見えなかったけど」と先程散々ドヤされたことを蒸し返すように藤咲に皮肉られる。相変わらずの言葉のトゲトゲしさに辟易とするが徐々に慣れつつあった。 「あんたの親って怖いのか?昔·····勉強する代わりにアイドルやってるって言ってたから·····だから今も浅倉さんと交流あるんだろ」 「ああ·····怖いというか。うちは音楽で得た地位とか名誉にしか興味ない人間ばかりだから。父親はもう咎めなくなったけど、母親が辞めることは許されないって怒るんだよ。特に母親はヴァイオリン二ストだったし昔から俺に期待してたから。だからと言って、本気でやって音楽で結果を出せなかったら落ちこぼれの烙印が押される。·····宏明だってそういう愛情を受けてたから歪んだ方向にいってしまったんだよ·····」 自分の家庭のことを自嘲気味に話すと、宏明と名前を出した途端に鋭く睨まれる。藤咲にとって最も地雷を踏む話題であることは、承知の上だが、彼も宏明の呪縛から逃れられず苦しんでいる人間。宏明の真意を話すことで俺のように少しは気持ちの緩和をしてやれればと思っていた。 ちゃんと向き合わず兄の事を知ろうとするまで、俺は兄が怖かったままだったから·····。 「やっぱりあいつのこと許せないよな」 「許せるわけないだろっ。あんたは許したのかよ。あんだけ威勢よく怒鳴ってたくせにっ」 「許してはいないよ。だけど、分かったんだ。藤咲はこんなこと聞きたくもないかもしれないけど、宏明は純粋に光昭さんのことが好きだっただけなんだよ·····」 「好きだっただけなんて綺麗事言うな。やっぱりあんたはっ·····」 演奏中の周りを配慮しては大声を上げなかったものの藤咲が酷く憤慨しているのが一目瞭然で、一連の出来事を思い出したかのように藤咲は両腕を摩って身震いをする。先程まで桃色だった顔も一気に引いて、青ざめに変わった。

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