107 / 292

13-6

言わば藤咲にとって宏明を庇うことは、裏切られたと思われて当然のこと、強く己の肩を抱いて顔を歪ませる藤咲をみてこれ以上するべき話ではないのかもしれないのだと分かっていても、ここまで話した以上は引くわけにいかない。 「藤咲、聞いてくれ·····ただ、宏明も優しさあまりにそれを受け止めようとした光昭さんも節操のある大人としてとるべき行動ではなかった。宏明が自分本位でしか行動できなかったのは俺たちの家庭環境がそうさせてしまったからなんだ·····。藤咲にあいつのことを許してくれとは言わないし、心底嫌かもしれないけどあいつが古林さんの所で真剣に仕事をしている姿は認めてやってほしい」 宏明が植え付けた恐怖を完全に無くすことはできない。藤咲なら尚更のことで、彼を刺激しないことが彼の心を乱さない為になるかもしれなかった。恭子さんがしてきたように遠ざけることが彼の幸せだという選択もあると思う。しかし、未だに心を支配されている彼の心の闇に触れずにいることで果たして其れが彼の為になるのかと考えたものだった。 好きだというピアノに悲しそうに触れる藤咲はとてもじゃないが見ていられない·····。 宏明の思い出とピアノを切り離すには宏明とのことを決着をつけさせてやらないといけない気がした。 「この間、古林さんのところに会いに行ったんだ。そこにいた兄は実家にいた時のような殺伐とした表情じゃなかった。彼にはあの場所が合ってるんだよ·····。兄はあんなんになってしまったけど、根はちゃんと優しい奴だって頭の片隅にでも置いておいてほしくて·····。 兄が光昭さんのことが自分の中で浄化できなくて尚弥くんに嫉妬しては酷いことをした。····本当に申し訳なかったって伝えて置いてくれって謝ってたんだ·····」 藤咲は唇を強く噛み締めていた。 先程の客席が身体を揺らすような曲とは打って変わって短調で哀愁のあるサックスの音色が藤咲の心を映すかのように微かに耳に入ってきては、より一層の気持ちにさせる。 「あいつが今更僕に謝ったところで何になるって言うんだよっ。兄弟してなんなんだっ。詫びようが何しようが僕のこの恐怖は消えてくれない·········。僕だっていつまでも、こんなことで苦しんでいたくないんだよっ········なんであんたまであいつの肩持つんだよっ····そしたら僕は誰を頼れば·····」 藤咲は頭を抱えて深く項垂れては、途端にガタンと椅子を引いて座席から静かに立ち上がると店を出て行ってしまった。

ともだちにシェアしよう!