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完全に藤咲の心を乱してしまい、もう少し順を追って話すべきだったと後悔したが、後悔したところで現状は変えられない。 藤咲自身も変わりたがっている·····。 それなら尚更、余計に突き放されたからといっていつものように引くわけにいかなかった。 そのまま放っておく訳にもいかず、筒尾に後で戻る旨を伝えヴァイオリンを預けると大樹も後を追って店を飛び出す。 店を出てから左右を見渡したが藤咲の姿はなく、向かうとしたら駅の方だと践むと一目散に駆け出した。時折、すれ違う人にぶつかりながらも藤咲の背中を探す。 差程遠くへと行ってなかったのか、駅へと続く歩道を真っ直ぐ走っていると、背中を丸めて歩く見慣れた黒い背中を見つけた。 藤咲のことを呼んでみるが一向に止まる気配がない。大樹は駆け寄って何度も呼んだが、相当ご立腹なのか振り向いてくれなかった。むしろ、足を早めて大樹から逃げようとしてなかなか寸前のところで追いつけない。 急ぐ足に更に勢いをつけて藤咲の手首を引っ掴むが、藤咲は一瞬だけ身体を震わせると凄まじい剣幕で「離せっ」と振り払ってくる。藤咲が振り払ってくるのは想定内だった大樹はその倍の力で腕を掴んでは、引き寄せると藤咲を抱き竦めていた。 藤咲は「ひっ」と喉を引き攣らせながらも 「離せっ離せっ」と喚き散らし、大樹の腕の中で暴れるが次第に呼吸が浅くなる。 「いやだっ」と掠れた声で全身を震わせ、瞳に涙を溜めては恐怖で戦いている藤咲の姿を見て危機感を覚えた大樹は、彼の背中を何度も摩った。 「大丈夫だ。ゆっくり呼吸して·····落ち着いたらちゃんと話をしよう」と呪文のように大丈夫を唱える。道行く人々の視線が気になりはしたが、今は藤咲の心身の方が優先的だった。 暫く唱えているうちに、震えていた身体が徐々に収まり、呼吸も安定し始める。藤咲が落ち着いたのを見計らって身体をそっと離すと、彼は表情を歪ませながら涙を掌で拭っていた。

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