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ブロンドのミディアムヘアーで所々に年相応の皺がみえる。母親と同じくらいの年齢のフランス人女性。幼少期の宏明との事件があってから男性講師を毛嫌いし、最近では隣にいるだけでも身体が震え、息が詰まりそうになってしまう。だから、必ず講師は女性を頼むようになった。 『尚弥?私の話を聞いてましたか?』 『ああ、ごめんなさい。ルシィ、少し昔のことを思い出してしまって·····』 ルシィは帰国してから雇ったトレーナー。 在日してきて月日が長く、今は尚弥の専任となったが現役の頃は世界で名が知れていて、最近までは音大で講師をしていた事もあったという。しかし、日本語は少しだけしか喋れないのでレッスン中は全てフランス語でコミュニケーションをとっていた。 そんな彼女が尚弥の昔のトラウマのことなど知るよしもなく、呆れたように深く溜息を吐かれてしまう。 『再来月にはブリュッセルでダニエルさんから直々にご指名いただいたオーケストラに出演なさるんでしょ?』 『ええ·····』 やはり心がブレてしまったのだろうかと思わざる負えないルシィの溜息。 『あの人の指揮は独特だから、今からそんなんでどうするの?』 確かに情熱的で時には難題も振ってくるという世界的に有名なダニエル・ウォンカは日頃彼と共に演奏しているものでさえ、首を傾げてしまうほど、しかし彼の指揮と演奏が完成された時、泣く子も黙るような素晴らしいものになると聴く。 『そうだよね。気をつけるよ』 ご指名を頂いたのだから大いに期待されていることには間違いないが、帰国後の宏明と接触してからのフラッシュバックと、長山大樹と和解したことで起こった胸騒ぎのようなものが尚弥の演奏の妨げになっていることには間違いなかった。

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