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それから数十分続けても一度切れてしまった集中力は戻ることなく、このまま練習を続けていても身にならないと諭した尚弥は自ら体調が悪いのを理由に、今日のレッスンを早々に切り上げることにした。ルシィにはスタジオから出ていく際に小言を言われたが、聞こえていないフリをして出てきた。 自分でもこのままでいいとは思わない。 母親の恭子とも、今まで二人三脚でやってきたが、宏明と繋がりを持ったと知って軽蔑しては顔も見たくなくなり、突き放したまま。 最初こそ何度か連絡をしてきては泣きながら一人暮らしの自宅にも押しかけてきたが、とある時から諦めたのか、現場には代わりのものをつけ、母親との交流は仕事上のメールのやりとりだけになった。 顔を見ることがなくなり清々していたが、自ら突き放した癖に募るのは虚しさだけだった。 せめて肉親一人だけでも味方でいて欲しかった·····。 かと言って単純に恭子を許せばいい話であるが、そう簡単に受け入れるほど、アイツの存在は尚弥にとっては軽んじて許せるものじゃない。 長山のことだって·····本当は忌み嫌う相手の筈なのに、渉太と浅倉さんと長山とキャンプをしてから数日が経つ今、自分を見捨て約束を破った長山に抱いていた恨みつらみは彼の今の優しさを目の当たりにして徐々に薄れてきていた。 自分の中で彼に対する見え方が変わっていると同時に幼き頃、それこそあの出来事が起こる前に抱いていた、微かな長山に対する 恋い慕う気持ちを思い出しつつあることに戸惑っていた。 彼の柔らかい表情が自分の心を軟化させるように胸を燻り、安心感を与えてくる。 彼と話す度に心音が五月蝿くなり、身体から熱が放出される感じ·····尚弥はこの感覚を知らない訳じゃなかった。 大樹にはもう見放されたくない·····。 ずっと僕の傍にいてほしい·····。 だけど、そんなの気持ち悪い。 自分が散々嫌がっていた奴らと同等になるのか。 強い拒絶と胸の内に秘めては求めるものが同居しては反発して、その反動でまた相手を傷つけてしまう気がした。 かつて高校生の時に渉太に抱いた感情のように·····。

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