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スタジオから出た後、そのまま真っ直ぐ自宅に帰る気にもならず、途方もなく都心をふらつき歩いていた。ふと映画館に足を止め上映中のポスターパネルに浅倉律(あさくらりつ)の姿を見つける。自分がよく知る浅倉律。渉太や長山は律仁と本名で呼んでいるが尚弥は初対面が仕事関係だっただけに苗字で呼んでいた。 表に出ているクールな一面と打って変わって プライベートの彼は恋人の渉太のことを小突いてやると嫉妬心剥き出しに突っかかってくるし、冗談や悪戯好きの悪あがきな一面もある。しかし、人との距離の詰め方が分かっているのか、警戒心が強い藤咲でも自然と不快には思わなかった。 過去に渉太の前で知りもしない彼の音楽を否定したことがあったが、実際に一緒に仕事をしていて彼自身のことを慕い、応援してくれる人のこと、その人たちを喜ばせる為には自分をどうよく魅せることができるのかと探究熱心であることが見え、そんな姿勢に過去に批判的な発言をしてしまったことを恥じた。 彼のコンサートで舞台に立った時も何度も打ち合わせで曲に対する思入れを熱く語ってくれたし、来てくれた人に来て良かったと思って貰えるような、感動して貰えるようなものを作りたいと、アレンジについても僕の意見をとり入れながらも事細かく提示してきたことに真剣さが伝わってきた。 そんな浅倉さんが出ている映画·····。 今目の前のポスターには浅倉さんと何処の誰であるか分からないが、女優と額同士を合わせて目をつぶってる。多分これは雰囲気から恋愛映画なんだろう。 映画やドラマの類は興味は湧かない。 その挿入音楽には興味が湧かなくはないが·····。 やはり、人の恋愛感情に関しての作品はトラウマと紐づけられて憎悪が勝り、尚弥からしたら心には響かなかった。 でもごく一般的な恋愛映画の一つでも観たら耐性をつけることができるんだろうか·····。 綺麗なものとして心を動かされたりするんだろうか·····。 人を好きになる気持ちに嫌悪感を抱くことは無くなったりするんだろうか·····。 尚弥は僅かな期待から浅倉さんの出演している映画のチケットを購入し鑑賞することにした。

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