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映画館は平日とはいえ、パラパラと女性客の姿が見られる。此処にいる女性の大半のお目当ては浅倉さんだろうと憶測を立てながらも尚弥は一番後ろの座席を選んだ。 しばらくして暗転されると大きなスクリーンに映像が映し出される。映画の内容は高校生のときに運命的な出逢いを果たした二人は恋仲になり愛を育んでいく。しかし、とあることがきっかけですれ違い、そのまま卒業を迎えてしまった二人が数年後、運命に翻弄されながら大人になって再開する。というものらしい。入場前にフライヤーであらすじをさらっていた。 最初こそ穏やかな気持ちで鑑賞していたが、男女が次第に惹かれて恋に変化していく場面から胸の鼓動が早くなり始める。恋人らしく手を繋いだり、キスなどをしよう場面で途方もない不快感を覚え、突然吐き気に襲われてしまい、見るに耐えず座席を立ち上がった。 慌てて御手洗に駆け込んでは個室で気を落ち着かせると、酷く泣きたい気分に陥る。 自分にも誰かを好きになりたいという気持ちがないわけじゃない。ただそれよりも嫌悪感が勝ってしまうだけ·····。映画館の外へと出るとやっぱり慣れないことはするもんじゃないと思い知らされてはひどく疲弊していた。 恋愛映画ひとつも鑑賞できないなど自分の愚かさに、入口で感傷に打ちひしがれていると「尚弥?」と呼び掛けられたような気がして辺りを見渡す。すると、先程自分が立っていたポスターパネルの前に渉太が佇んでいた。 パチリとした目をまん丸くさせて一驚している渉太に歩み寄ると「尚弥も映画観るんだね。何みてたの?」と問われた。 尚弥は直ぐに近くのパネルに目線をやると 唯一の友人の前で彼の恋人の映画を観ていたなどと言う気恥ずかしさからパネルを無言で指差す。 渉太は尚弥の指す方を目視するなり、「律仁さんの観たんだっ。尚弥が恋愛映画かあー」と表情をパァと明るくさせて、食い気味に顔を寄せてきては、尚弥はそれに圧倒され、身体を反らせる。 あんなに彼に酷いことをしたのに昔と変わらず接してくれる。そんなに羨望されても自分はあの作品を純粋に受け入れることはできなかった後ろめたさを感じた。 「·····だけどつまらなくて出てきた」 「そっか·····」 「おもしろかった」などと嘘をついた方が、 渉太が凹まずにこの場を収めることができると分かっていても、敢えて憎まれるような言葉を口走ってしまう。 それでも、好きな人の出演作品を酷評されるのは、愉快なものでは無いとどんなに冷めた心を持っている尚弥でも分かる。 だから、愛だの恋だのが不快だったから観るのを途中で辞めたなどと、ただでさえ気を落としている渉太に更に追い討ちをかけるような言葉を選ばなかったのは尚弥なりの精一杯の心遣いだった。 それにまた余計なことを言うと、このパネルでは澄ました優しそうな青年でも、一歩舞台を降りればただの恋人に溺愛中の過保護男に成り下がる。そうなれば、黙っていないような気がした。

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