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渉太は「一人で入るのは恥ずかしくて·····」なんて言っていたが、先程堂々と入っていったのは何だったのかと突っ込みたくなる。細かいところを気にした所で無意味なのは分かっているので、喉元に堰き止めておく代わりに「浅倉さんに?」と訊くとこくりと頷く渉太の耳朶が真っ赤になっていた。
「尚弥はあげないの?」
「誰に?僕は別に菓子やバラを贈るような人はいない。愛するような人もいないし·····」
自分が照れたのを隠す為か、話の矛先を僕に向けてくる渉太だが、生憎そのような人など居ないので辱めを背負うことはなかった。
日本では女性が好きな人に告白する日だとか恋人にチョコを贈る日みたいに根付いているみたいだったが、自分が長らく住んでいたフランスは愛する人に薔薇やディナーをして特別な日を過ごす日。自分には無縁なイベントだ。
そんな尚弥の返答にうーんと惟る様子で腕を組むと「尚弥知ってる?」と問いかけてくる。
「別に恋人とか愛する人に送らなくてもいいんだよ?お世話になった人とか感謝の意を込めて渡すことだってあるし·····」
明らかに僕が渡すべき人が判っているような言動に尚弥は眉を寄せた。
「何それ、もしかして渉太は僕からアイツに渡せって言ってんの?」
渉太が誰のことを指してるかなんて深く考えずとも検討がつく。長山だ。
「き、強制してる訳じゃないよ。尚弥が先輩に渡したらいいなー·····少しは仲が深まるかなー·····って思っただけで·····。勿論友達として·····」
怪訝な表情に動揺したのか、渉太が顔色を伺いながら遠慮がちに提案を持ちかけてくる。渉太が僕と長山の仲違いを取り持とうとしてくれているのは、キャンプの時といい嫌という程肌で感じていたが、自分も満更ではなかった。
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