125 / 292
16-7
「僕に触ってみて。触って、僕にこの気持ちが不快なものじゃないって証明してよ」
血色の薄い絹でも連想させるかのように傷ひとつ無い、指先が俺に触れてもらうのを待っている。大樹は何も考えずに右手をゆっくり彼の手に近づけようとしていた。
衝動的に抱き竦めた時と違う、お互いちゃんと意識あっての行動に緊張が走る。喉仏を大きく上下させるほど息をのんでは、中指が掠れるかの寸前のところで、大樹はピタリと動きを止めた。
目線を藤咲に向けるとひどく顔を歪ませて、目を瞑っては必死に耐えているようだった。
自分から言っておきながら、恐怖心を抱いていように感じる。
本当に自分なんかが藤咲に、触れてしまっていいのだろうか。昨日の今日で手伝うとは言ったものの、彼に触れてしまえば自分の奥底から湧き上がるものにのまれそうで決心はついていなかった。
自分が藤咲に触れるということは、友達同士のじゃれ合いのボディタッチをするようなそんな簡単なことではない。増してやトラウマを抱えている彼をただ単に手伝いたいとか、そんな純な心なんか持ってない。下心しかない。
大樹はスっと手を引くと「ごめん·····」と謝ると藤咲は目蓋を開け、目を見開くと唇を強く噛んでいた。また藤咲の期待を裏切って激怒させてしまうそんな気がした。
「·····確かに手伝うとは言ったけど無理は良くない。よくよく考えたら俺は心理カウンセラーでもなんでもないし、きっと出来ることは限られてくる。藤咲が本気で克服したいって言うならまずカウンセラーと相談してからの方が懸命じゃないか?」
一層のこと専門医に任せた方がいい。
俺が介入すると必ず私情を挟みかねないし、余計に嫌悪感を与えてしまう。プロに任せた方が藤咲の為にもなる·····なんて言うのはただの口実に過ぎなかった。
自分がこの何処へに向けることの出来ない気持ちから解放されたいだけ。 自分がこの手で救ってやるのが怖いだけの意気地無しなだけ。
「僕はっ·····あんたとっ·····」
良かれと思って口走ったことだが、瞳に涙を浮かばせ不安げに訴えてくる。「あんたとっ·····あんたとっ·····っ·····」と深く俯いて言葉を紡ごうとするが、唸るように苦しそうに頭を震わせたままその先がない。
しばらくしてその先の言葉を発するのを諦めたのか「なんでもない·······」と呟くと目を合わせずに右手の手袋を強く握り、立ち去って行ってしまった。
藤咲の期待を裏切ってばかりの自分に嫌気がさす。彼を苦しめてるのは些細な約束すら、己の感情を優先してろくに守れない自分のせいだ。
大樹は御礼と言った藤咲が渡してきたチョコレートを見つめては、自分のしたことは間違っていたのだろうかと何度もため息をつき、定食の箸がなかなか進まなかった。
ともだちにシェアしよう!