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決意の欠片

大学構内の4階にある図書館。 館内は中二階まであり、揃っていない本などないのではないかと言うほど純文学は勿論雑誌や英字新聞なのもあり、種類が豊富だ。 此処で大半の学生が研究レポートの参考資料を探しに来ては、まとめに来ていることが多い。大樹自身、今でもなお、頻繁にお世話になっている場所。いつもは天文文学を読み漁るが、今日ばかしは心理学書の本を眺めていた。 無責任な発言をした自覚はあるだけに、大樹は負い目を感じていた。俺に助けを求めているのだから、専門医に丸投げするのではなく、自分で出来ることを探してからそれに応えてやるべきだった。これじゃあ今までと同じに過ぎない。 じゃあ·····あの出された手にどう応えてやるのが正解だったんだろう·····。本当は恐怖でたまらない筈なのにあんな顔を歪めながらも自分に触れさせようとしてきた藤咲·····俺と·····だけ訴えては飲み込んだその言葉の先。 「長山先輩·····?」 強迫性障害関連の書物を手に取りその場で読んでいると陽気な声音が自分の名前を呼び顔を上げた。黒髪で三つ編みに結われた髪に、宙を連想させるような星が散りばめられた藍色のワンピースの女性が此方へと向かってきては目の前で足を止めた。 天文サークルに所属していたときの二学年下の後輩だ。笑うと八重歯が愛らしいのが特徴的で尚且つ服装にも拘りを持っているのか、耳元では土星の形をしたピアスがゆらゆらと揺れているのに無意識に目がいく。 「ああ、|星杏《せいあ》じゃないか。久しぶりだな、元気してたか?」 |那月星杏《なづき せいあ》。自称宙ガールと言うほど、女性には珍しく宇宙関連のことには負けず劣らず勉強熱心で大樹が最終学生のころ、新入生に唯一現れた黒い彗星のような存在だった。それくらい彼女にとっても好きな分野なのだと伺える。 「もちろんですよ。先輩、全然サークルに顔出してくれないじゃないですか。部長は大嶺(おおみね)先輩でも成田(なりた)先輩達に押されちゃって、なんかお祭り状態っていうか·····ずっと全く関係のない話して遊んでるんです。純粋に活動したい私たちは肩身が狭くて·······先輩が居なくなってから天体観測も滅多に行かなくなったんですよ。こっちが内緒で行ったら行ったでいちゃもんつけてくるし·····」 私たちというのは、星杏をはじめとする大学院まで進学を決めているものや、熱心に天文学を学んでいる奴らのことだ。大樹のいたサークルには少なからず内部での多少の温度差はあって、探究心の強いものもいれば、浅い知識で星を眺めたりそれこそ、それを口実に仲間内で集まりたいのもいる。 星杏はそいつらを疎ましく思っているようだった。故にサークルの内の女性達は其方のグループに属しているのが殆どの為、陰口の餌食になっているようだが、彼女自身はそんな戯言に耳を貸してすらいず、堂々としている。

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