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時間にしてみれば数秒しか経っていなくとも沈黙というものは長く感じる。藤咲は顔を深く俯けては握った手を微かに震わせると、言葉を絞り出したように「別にいつも夜中まで起きてるから····あんたと····行きたい」と告げてきた。 表情は隠れて分からないが、声音から嫌悪感を抱いているわけではなさそうで安堵する。 何より藤咲から「行きたい」と素直な返事を貰えたことが嬉しかった。 そうと決まれば車を走らせ、横浜市内から一時間ほどの峠を目指す。道中は特に会話が弾むわけでもなく、藤咲は市街を抜け街の灯りが等間隔で点在としてきた窓の外をじっと眺め、自分は無音を紛らわす為に付けたラジオに耳を貸していた。 内容は時期的に学生の受験シーズンだからなのだろう「来週試験です。眠たい僕に一喝ください」とパーソナリティの女性に要望するお便りが読まれると「寝てたら志望校に受からないぞっ!起きて!」と緩い激励の言葉にそんな優しい声じゃ醒めるどこらが瞼が重くなるだけだろう、なんて心の中で突っ込んでいたが、受験生が息抜くにはこれくらいのゆるさが大事なんだろうと思わせた。 特に気に留めることもなくラジオを聴き流していると0時を告げる時報が鳴り、『浅倉律のリツラジ』と陽気な聴き慣れた声と名前が耳に入る。そう言えば、ラジオの仕事もしているとか何とか言っていたような気がしなくもない。 出だしから「今夜は寝かさないからな?俺のラジオ最後まで聴けよ?」なんてエコーなんかをかけて電波越しのリスナーから黄色い歓声が飛んできそうなアイドル特有の甘い言葉を囁いていた。渉太も真っ赤な顔をしながらこのラジオを聴いているんだろと何となく想像できる。 「この人ってどこにでもいるな·····」 すると、それまで言葉を発することのなかった藤咲が鼻で笑った後、ボソリと呟いた。

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