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藤咲のためなら

大樹にとって思いつきで誘った横浜市への天体観測で起きた出来事は、藤咲との関係を築く上で大きな進歩だった。思いの丈を告げ、藤咲もまた希望の光を見せてくれた。 それが大樹にとって良い結果にならずとも、彼自身の囚われた過去のトラウマから救い出すことができるのなら本望だ。 しばらく双眼鏡で星を眺めた後の帰り道、 行きは裾を掴まれたが、今度は自身の左手を差し出して、手を繋ぐように促してみた。 あくまで急かすのは逆効果な気がして「藤咲のタイミングで構わない」と一言添えると、彼は一瞬だけ顔を歪めたが手袋を脱ぐと恐る恐る右手を重ねてきた。 冷たい藤咲の指先が掌に触れ、大樹はその細くて繊細な指がすり抜けられないように力を込めて握る。彼の情緒を乱すと分かっていても、藤咲に触れることへの高揚からこの手を離す気など一切起きなかった。寧ろ離さぬように指を絡める。 案の定藤咲は予想の範疇を超えていたのか、全身をぶるっと震わせると何度も「は、はなせよっ」と手を振り落とそうとしてきた。 「大丈夫だから。手繋ぐだけだ。大きくゆっくり深呼吸でもしてろ」 五月蝿く喚き散らかす藤咲を無視すると来た道を戻るようにして手を引く。 以前までは藤咲に「はなせ」と言われたら素直に手放していたが今は違う。先程の藤咲に対する胸の内を話してから自分の中で抱え込んでいた感情が吹っ切れた気がした。 それに、藤咲も俺の気持ちを知ってもなお、俺がいいんだと心底拒絶しているようには見えなかったから·····。 「て、て、手、何も絡ませなくたっていいだろっ」 微かな指がすり抜けようとしてくる抵抗力に抗いながら「抵抗してても、お前が苦しくなるだけだろ。怖かったら拍でもとってピアノのことだけ考えて大人しくしてろ」と次第に呼吸が浅くなる藤咲に強めに放つと抵抗はピタリと収まる。 「お前が本気で克服する気ならこういうのは慣れていかないといけないだろ?車まで我慢しろよ?」 大樹の言われた通りに小さく深呼吸をし始める。本人にとっては過酷かもしれないけど、乗り越えなければ変えられない。 落ち着いたかと思えば、鼻をすすり始めたので情緒が定まっていないのだろう·····「手·····洗いたい」と呟く隣で大樹は彼に気づかれないように静かに息を吐いては空を仰ぐと繋いだ手を強く握った。

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