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大樹は即座にその場の席から立ち上がって振り返るとそこには自身の母親である麗子がいた。約3ヶ月ぶりであろうか。首元には動物性の毛皮のマフラーにシックな黒のワンピース。ベージュのコートを肩に掛けて、いかにも高価な見た目をした華やかな小ぶりのバックに堂々とした佇まい。そして極めつけには身が引き締まるような鋭い目。 「麗子さん·····お久しぶりです。来ていたんですね」 大樹は深く頭を下げると薄ら笑いを浮かべて挨拶を交わしたが、麗子は冷然として笑顔の欠片すらない。それも無理はなく、高崎を家へと迎えに寄越してまで実家に戻るように言われていたにも関わらず、大樹は電話で済ませたのだ。 たかだか電話一本で麗子が納得するとは思っていなかったが、まさか大学の後輩の店とはいえども、ここまで押し掛けてくるほど自ら行動力のある人だとは思わなかった。 「筒尾さんから聞きました。あなたが戻ってきたと。一度も帰っても来ないで私にも報告もせずにいったい、どういうつもりかしら」 「申し訳ありません。いずれ麗子さんに報告しなければと思っていたのですが、学業の方が忙しくて·····」 「言い訳は無用です。まあ、いいわ。貴方の腕が落ちていないようで安心しました。ちゃんと弾いてるみたいね。演奏は終わったのよね?今からウチに来るでしょ?」 頷くことしか許されないような麗子から感じ取れる圧力に窮した。母親を避ける気はないが、藤咲が隣にいる手前で彼を置いて帰るのは躊躇われる。率直な判断を強いられて言葉を噤んでいると麗子は小首を傾げては、背後にいる人物の存在に気づいたようだった。 「お隣は大樹さんのお友達?」 幸い、麗子の第一声から隣にいるのが藤咲だと気づいて居ないようだったが、状況は好ましくない。麗子は宏明の一件があってから藤咲家に強い嫌悪感を抱いていることを知っているからだ。不倫なんて当人同士の粗相の悪さが問題なのに、自分の息子の非を認めず藤咲の父親が誑かしたと言い張っていた。 そんな麗子が、大樹の隣にいるのは藤咲の息子だと気づき、オマケにその息子に大樹が恋情を抱いているのだと知ったのなら只事では済まないのは分かりきっていた。

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