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店へと戻ると藤咲の姿が見えない。 その代わりに出てくる前の陽気な音楽は止まり、辺りを見渡すと先程にいた座席の一角を囲うように数人の人集りが出来ていた。 口を覆い蒼然とした顔をしているものや心配した様子で伺うもの·····。 大樹はまさかと思い、駆け寄ると藤咲が頭だけ椅子も凭れ掛かり、顔を白くしては目を開けたまま瞬きもせず、生きた人形のようだった。 以前ピアノを引き終わった後、過去のことがフラッシュバックされ倒れたことがあるとを打ち明けてくれた事を思い出す。 どっと額に冷や汗をかき、警鐘が鳴ったかのように鼓動が五月蝿く全身に響いてくる。 藤咲の肩を叩きながら筒尾が「藤咲くん、大丈夫?」と声をかけるが、全く返答がなく大樹は筒尾を押しのけるようにして藤咲の側まで近寄ると藤咲の口元に耳をつけ呼吸を確認した。 浅くではあるがちゃんと呼吸があった。 こういった場合の応急処置は学校の救命講習くらい程度の知識しかないが、何もしないよりはマシだと思い、大樹はありったけの知識を振り絞りながら、本人が呼吸がしやすい体勢を整えてあげるのがいいと聞いた。 大樹は筒尾に手伝って貰いながらも仰向けに寝かせると手首手足の衣類を捲り、首元のワイシャツのボタンを外した。 藤咲の姿を見て動揺しているお客さんに不安を煽らないように筒尾に店のことを任せると 何度も藤咲の名前を呼んだ。 そうしているうちに大きく瞬きがされ、空気を思い切り吸い込んだ反動で咳き込んで、横に倒れたので背中を摩る。 「藤咲、起き上がれるか?」 藤咲の意識が戻って胸を撫で下ろす。 背中を支えながら彼が右手を使って起き上がろうとするのを手伝うと、筒尾に持ってきて貰ったガラスコップに入った水を差し出し、飲むように促す。 藤咲は両手でコップを抱えながら「ごめんなさい·····」と瞳に涙を浮かべながら呟いていた。

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