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大勢の人の前で弾きたくないのに弾いている行為は音楽を愛して仕事にしている筒尾や藤咲からしたら冒涜に値するのだろう。 真横で黙って話を聞いてくれている筒尾の反応が気になった。誰かの為じゃなくて一人のためだなんて·····。 「充分じゃない。俺も·····ヴァイオリンで音大にも通って、卒業していざプロの世界に飛び込んだらさ、何か自分の中で違ったんだよね。確かに色んな世界を見ることが出来た。 大きなホールで沢山の楽器の大勢の奏者とひとつになって客席に届ける素晴らしさは鳥肌が立つほどだよ。でも、俺にはこういうバーみたいにさ、お客さん一人一人の表情が見えて、演者とお客さんが近くで楽しんで和気あいあいとしている風景の方がしっかりきてさ」 何でも見た目で判断するのは良くないと分かっているが、ハーフアップにしてゴツめのシルバーアクセサリーを身につけている筒尾が、タキシードを着てオーケストラの一員だったなんて想像ができず驚いた。 「大樹くんもさ、音楽は音を楽しむものだからさ、大樹くんが一番楽しめる形を選択するといいよ。それが藤咲くんのためだなんて素敵じゃないか。その気持ち大切に彼のために弾き続けてあげて」 「まあ、麗子さんを説得するのは大変だろうけどね」と苦笑を浮かべていたが、俺だけではなく、彼も彼で音楽に対する姿勢に悩みながらも今があったのだと思うと大樹の中で抱いていた麗子の期待を裏切る事への罪悪感が少しだけ和らいだ気がした。

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