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「すまない·····。あんなことがあった後なのに·····お前に悪いことした·····」 藤咲に拒絶をされて、筒尾が表へと出てくる可能性だってあったのによくこんなことが出来たと冴えた頭で自分を卑下する。 弁解しようにもない己の欲深さに絶望しながらも首を垂らし、ひたすらに謝るしか無かった。 「僕があんたに誘惑をしていたのか?」 震える声音から麗子の放った言葉は、藤咲の傷口を深く抉ったようだった。 藤咲が誘惑したからじゃない、自分が彼を完全に色眼鏡で見てしまっていたからだ。 触れたいだとかキスしたいだとか、好きな人が出来たら自然に抱く感情だ。今までの彼女だってそうだった。だけど、一瞬でも理性を忘れたことはあっただろうか。 汚したいだなんて·····。 「それは違う。俺がいけなかったんだ·····本当にすまなかった·····タクシー呼ぶよ。今日はゆっくり休んだ方がいい」 藤咲とこれ以上彼の気に障るような会話は避けたくて、大樹はポケットからスマホ取り出し、手にしては踵を返したところで袖口を掴まれる。振り返ると瞳を揺らしながら見上げてくる藤咲に「あんたは僕とキスしたいとか思うんだろ?」と声を掛けられ画面をタップする手が止まった。 どういう意図で藤咲が問い掛けてきているのか分からない。だけど、彼の問いにいちいち答えていたら虚しくなる。 手に触れられるだけでも嬉しいのに、叶わないと分かっていても好きな人とキスしたいと思わないわけが無い。 だけど、俺が告白をしたことで藤咲に余計な意識を持ってほしくなかった。藤咲が藤咲のペースで前に進んでほしい。 「それは·····いいんだ。さっきのことは忘れてくれ。このまま続けていこう。藤咲は俺のこと気にする必要はない·····ゆっくりでいいから·····」 藤咲のことが好きだから放っておいてほしい·····。 藤咲を傷つけたくないから勘弁してくれ·····。 そんなことを心の中で願うが、袖口の手を払おうとしても強く掴んで離してくれないのが今の大樹にとっては煩わしかった。 「じゃあ何でこの間告白してきたんだよっ。僕のこと好きなんだろ?」 話を逸らそうとしても煽ってくる藤咲の言動が不可解すぎて、良心と悪意の狭間で気持ちが揺れ動き大樹を苛立たせる。

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