159 / 292
19-5
―――――
筒尾の店で麗子と藤咲と一悶着あった翌日。
藤咲のことが気掛かりではあったが、実家に戻ると告げた以上、無視するわけにもいかず、大学が終わった足で向かおうと決心しては家を出た朝日を浴びる時間帯。
マンションのエントランスを抜け、正面玄関を出たところで、出迎えていたのは高崎だった。以前電話で済ませたことを警戒したからか、麗子が高崎を寄越したのだろう·····。
そんな事をせずとも、逃げることなどしないのに·····。
教授に欠席連絡を入れ、実家に帰る際の必需品である自宅にヴァイオリンを取りに帰ると、来客用の駐車場スペースに停めてあった長山の車に乗り込んだは予定を変更してすぐ様実家へと向かった。
ラジオのひとつも流れないエンジン音だけが聞こえてくる走行中の車内の運転席と後部座席。
そんな静かな車内で「宏明様とは·····」と切り出して来たのは高崎の方からだった。
「宏明様とはお会いになられましたか?」
一度高崎が来訪した際に、宏明のことを教えてもらい、約束を交わしたにも関わらず、麗子に会わずにここまできてしまったことに、気まずさを覚えながらも「はい、その節は約束したにも関わらず、すみませんでした」と高崎に見えずとも大樹は頭を下げた。
「なら構いません。麗子様も神経質でいらっしゃるので。大樹様も学業でお忙しいのは私共も承知しております」
普段麗子の前では彼女が絶対であるため、手厳しい印象を受ける高崎も話しはちゃんと聞いてくれるし、二人の間の会話は他言することは決してない。だから宏明も信頼して心を開いて素に近い表情を見せていたのだろう。
「数週間前に宏明様がいらっしゃいました。いつもの月一の麗子様とのお食事·····の筈でしたが、宏明様はお食事をせずに今までお渡ししていたお金を返しにだけ来られました」
ともだちにシェアしよう!