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見慣れた高級住宅街の家々の間をぬい、自宅へと到着した。高崎が先頭に立ち、麗子が待つという食事の席へと案内された。 話し合いをする上で食事はコミュニケーションをするうえで非常に密接な関係があるとはよく言うが、この年で母親と食事をする日が来るとは思わなかった。 1階リビングに案内されると、6人掛けの長テーブルの真ん中に母親の麗子が既に座って食事をしていた。高崎が「大樹様をお連れしました」と告げても麗子は淡々とナイフとフォークを使い無言で食事を続けている。 大樹は高崎に御礼をし、「何かあればご連絡下さいませ」と彼がリビングから出ていったのを見送った後で麗子のいるテーブルへとゆっくり近づいた。大樹が座る位置、丁度麗子と向かい合う席には丁寧に皿の上にはナイフとフォークとトーションが置かれている。大学進学とともに家を出たので麗子と食事をするのは5年振り。 テーブルにはホテル食を想像されるバケットに入ったクロワッサンに大皿に盛られたキッシュやじゃがいもの冷製スープやらのフレンチ料理達は、麗子が作るはずもなくお手伝いさんだろう。 懐かしむというよりは、身が引き締まる思いで椅子を引き「麗子さん、失礼致します」と声を掛けてから目の前の座席へと腰を下ろした。 軽く朝食を済ませているとはいえ、麗子との食事など喉が通る筈がなく、かと言って麗子の前で何も食さ無い訳にはいかない。 大樹はせめて形だけでもと思い、トーションを膝の上に掛けると、バケットのパンをトングで皿に乗せた。 パンをちぎったところで向かい側から「私の指示を無視したからにはあの方にはお別れはしてきたんでしょうね?」と静かな食卓に麗子の鋭い言葉が響き渡る。

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