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19-10
音楽のひとつも無い凍てついた空気。
大樹は手についたパンのカスを指で払うと、目の前の麗子を見据えた。
怖気づきそうになる、目尻が釣り上がった瞼。麗子の顔を長らく観察することはなかったが以前よりほうれい線の皺が深く刻まれた気がする。
「いいえ、藤咲にお別れを告げてはいません。それにこれからもするつもりはありません」
両手に膝を置いては拳を握る。
麗子に自分の意志を伝えるのは、逆鱗に触れるような発言をするのは酷く緊張した。
今まで、波風が立たぬよう。幼い頃から母親の機嫌を伺うように実家に通い続け、言う事を訊いてきたのだから、従うものだと体に染み付いている。
だけど今はそんな木偶人形のように操られて生きる年齢でもない。宏明とも和解ができたのだから、麗子ともなるべく話で解決出来るのであればしたかった。
「あなたお気は確かなのかしら。いい加減目を覚まして頂戴。あなたは今後卓郎さんが恥じないように自分の立場を自覚しなさい。あんな不倫男の息子となんか週刊誌に面白可笑しく書かれてでもみなさい、一緒にいたら卓郎さんが何を言われるか·····大人しく私の言う事を訊けばいいものを·····」
「父が何を言われようとも僕には関係ありません。麗子さんには悪いですが、あなたが望むように僕はヴァイオリンを大勢の人の前で弾く気もありませんし、この先藤咲のこと一生支えていこうと思ってます」
どんなに蔑まれようとも自分の意思を貫きとおしたが、大樹が話終えると同時にテーブルの向かいのお皿がガタンと音を鳴らして揺れた。
「やめてちょうだい。支える?あんな男を支えてどうなるの?宏明さんだってあんな藤咲の男と一緒になって不幸な思いをしているじゃない」
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