166 / 292
19-12
大樹は勢いよく、テーブルに手を突いて立ち上がると足元にあったヴァイオリンケースから徐にヴァイオリンを取り出す。大樹はネックの部分を右手に持って、頭上に掲げると自分が座っていた椅子に向かって振りかざした。
大きな音を上げ、床に放り投げたヴァイオリンはネックが折れ、背面に大きくヒビが入る。弦もネックが折れたことによって伸びきってしまい当然弾ける状態ではない。
ロックミュージシャンのライブで会場の熱気に最高潮に興奮したギタリストが愛用ギターを破壊する場面をパフォーマンスとしてよく見かけるが、大体そういった場合は予備のものがある。だけどこのヴァイオリンは麗子が大樹のために新調したもの、勿論替えなんてものはない。
楽器を愛する人から見たらこんな行為は、奏者としてあるまじきことだと心得ているが、話しても理解をしてもらえない麗子を説得させるには目に見える形で示すしかなかった。
「僕がどんなに話しても理解を得られないなら行動で示すまでです。僕には僕のやりたいことがあります。勉強が現だなんて一度も思ったことはありません」
もう意志を引き継ぐ気は毛頭にないのだと知ら占めるために····。
「貴方は何をしたか分かっているのですか!私があなたに新調したヴァイオリンになんてことを·····!!」
双眸を見開き、怒りと動揺が織り交ざった声音で「今すぐ拾って修理してもらいなさい」と怒鳴り散らかし、「その必要はありません」と大樹が否定をしてやると、食卓にあったパンや食器を投げつけられた。
食事の乗っていたお皿達が大樹の身体に当たり、床へと真っ逆さまに落ちていく。お皿が割れた音と麗子の怒鳴り声が響き渡る。
大樹はそれらを黙って受け止めるしか出来なかった。自分の腕の代わりにと麗子が大樹に切望する気持ちも完全に理解し得るわけではないが、想像することはできる。
俺が最初からヴァイオリンが好きで昔も今も続けていたのなら丸く収まったかもしれない。しかし、幼い頃から良き思い出として残結びつけることが出来なかったソレを心の底から好きになるなど到底無理だった。
パンや料理が床に飛び散る中、身の回りに投げるものが無くなったのか、遂に麗子がナイフとフォークを手に取った時、息を呑んだ。
ともだちにシェアしよう!