167 / 292

19-13

憎悪が殺意に変わった瞬間の彼女の鬼な形相に圧倒される。生まれて初めて目の当たりにする彼女の様子に全身が震えて足が石のように重くなった。 このまま自分は麗子の手から離れたナイフを避けることができず、怪我を追うことになるだろうか·····と覚悟した矢先に、物音を聞いて駆けつけた高崎が勢いよく扉を開けて入ってくる。彼は取り乱した彼女の姿を見るなり、間髪入れずに猛威を振るう腕に掴みかかっていた。 「麗子様、お止め下さい」と彼女を宥めながらも振り回すのを止めない麗子のナイフを持つ手が高崎の頬を掠める。高崎は一瞬顔を歪めると大頬骨筋辺りからつーと線をかいたように血を滲ませていた。 怪我をしたにも関わらず、高崎は傷を気に留めずに必死に彼女の手からナイフを取り上げると、何度も問いかける高崎の願いが通じたのか、電池が切れた人形のように腕を下ろすと大人しくなった。 かと思えば、目元をトーションで覆うと嗚咽を洩らして泣き始める。 事前に麗子は宏明が決別を言い渡した時、癇癪を起こたと聞いていたがここまで情緒不安定になるとは思ってもみなかった。 「高崎さん、すみません·····」 怪我を追わせてしまったこと、高崎が望むように麗子の気に触れず気持ちを汲んであげることが叶わなかった意を込めて頭を下げる。 「大樹様何があったのですか?」 高崎の問いに大樹が答えるより先に麗子が一連の流れを涙ながらに話し始める。 「たいきさんがっ·····私のあげたヴァイオリンを壊したのよ·····もう弾かない、あの汚らわしい男と一緒にいたいだなんて·····宏明さんと同じこと言うのよ」 「麗子様のお気持ちも分かりますが、大樹様も大樹様の人生がありますので·····」 「そんなの私は認めないわ。じゃあ誰が私の意志を継いでくれるというの?宏明さんだけじゃなくて大樹さんまで私を失望させるなんて·····」 「大樹様もあなたを失望させたくて言ってるのでは無いと思います········卓郎様も大樹様が音楽の道を外れることに関しては認めているようですし、麗子様も温かく見守られてはいかがですか?」 今まで麗子の言葉にただ頷くだけであった高崎が珍しく彼女に向かって反論をしている。

ともだちにシェアしよう!