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「高崎も私を目の敵にする気でいらっしゃるの?」 「決してその様なつもりはありません。私は麗子様の仕えを担った時から如何なる時があろうとも麗子様の味方です。だからこそ夢を託すことに縛られて窮屈にしていらっしゃる麗子様を見るのは心苦しいのです」 彼女を優しく背中を擦りながら宥める高崎と 自分の思い通りにならなくて癇癪を起こした妹のように泣きながら言い争いをしている姿がまるで兄妹のようで、微かながらに二人の間に深い絆のようなものがみえた。 麗子の敵意と立ち向かうために多少棘のある発言は致し方ないと思っていたが、二人を傍から眺めていて、自然とその気持ちも薄れていた。 麗子の表情も先程の殺意を感じられる程の視線は消えていたので、大樹は決意を固め、未だに恐怖で慄く足を一歩ずつ進めると麗子の座る座席の傍に近寄っては跪く。 麗子の目線より腰を低くして、見上げた。 眉を寄せ、怨色をあらわにしたようなその眼差しが幼き頃、麗子にヴァイオリンを教わっていた時の緊張感を思い起こさせる。 「麗子さん·····ご自身の夢が叶わなかったことは気の毒に思います。それを僕に託そうとした麗子さんの気持ちも多少は解っているつもりです。だからあなたの期待に応えられないことに申し訳なく感じてます。だけど、僕が目指したいのは天文に携わることであり音楽でありません。ご理解頂けませんか?」 泣き腫らしたことによって崩れたアイメイク。唇を固く結んで此方をじっと見据えてくる麗子。麗子から話をようやく聞いてもらえる空気に安堵した。 「それに·····あなたの後輩の筒尾さんからあなたの大学時代のお話聴きました。昔のあなたは音楽にストイックで厳しくもあったけど俺たちに愛のある指導をしてくれたと·····きっとあなたの技術に憧れを抱いてくれている人はいると思います·····俺に執着心を持つくらいなのであれば、あなたのその経験や技術を求めている方に伝えていく方が理に叶っているかと思います」 一番身近な存在に期待するから、それに反した時の麗子の気持ちの焦りも増幅させる。 麗子が俺しかいないと思うことは彼女自身にも良くないことだと思った。

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