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お互いの考えの相違が窮屈になり、啀み合う。一層のこと手放してしまった方が麗子の為にも大樹自身のためにもなるような気がした。高崎の存在もあってか、大樹の思いの丈を話したところで麗子の癇癪は収まったものの、大樹を睨むように見つめたまま何も発してこない。
高崎が「麗子様·····」と呼びかけても眉間に皺ができたまま押し黙っていた。麗子が全て意見をのんでくれるとは思っていないが、ほんの少しだけでも理解してくれたらという願いはあった。
時間にしてものの数秒ではあるが、無反応な麗子に対して望みを持つのはやはり難しい
だろうか·····。
大樹は諦めるようにして立ち上がると、「僕の思いの丈はお話しました。今日は失礼します」と床に散乱した食器の中に紛れている壊れたヴァイオリンと椅子の上のケースを拾い仕舞った。最後に麗子に一礼をして扉を開けようとした時「大樹さん」と呼び止める麗子の声がして振り返った。
「あの男と関わることを私は認めませんが、あなたの意志は受け取りました。後は卓郎さんと話しなさい。今は遠征に行ってらっしゃるので高崎に連絡させます」
肯定とも否定ともとれぬ麗子の返しは、何が吹っ切れたように淡々としていたが、微かな表情の歪みを感じ取れた。
藤咲家にある因縁は麗子にも宏明を追い出した卓郎にも一生消えず、許しを得られないほど重罪なの出来事なのだろう·····。
自分も藤咲の息子と一緒にいたいなどと言ったら卓郎は遠慮なく、自分に害の与えるものは排除していくような気がした。
リビングダイニングを出て玄関先へと向かおうとした時、大きなチェロのハードケースを抱えた男が玄関扉から入ってきた。銀縁の眼鏡に白髪混じりの広い額。
大樹の父親の長山卓郎だ。
スーツケースを持っているということは、麗子の言った通り遠征帰りなのだろう。
大樹は背筋を伸ばし、直立すると、「父上·····ご無沙汰です」と深々と腰を折り、挨拶をした。
「ちょうど良かった大樹。お前に話がある」
元々皺が多い方だが大樹を目視するなり表情を険しくさせると大樹の横を通りすぎ、自室まで直進していった。
父親が直接話すのは何か報告する時以外はない。自分も話すことはあったが、卓郎から切り出すことがあるといえば、あの沢山の音楽家たちが集っていた伊川先生のパーティの日のこと·····藤咲の事のような気がした。
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