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「先輩·····尚弥と上手くいってないんですか?」 藤咲と再開を果たした時から二人の間のことを気にかけてくれていた渉太。いつもの大樹らしからぬ発言が気掛かりだったのか、藤咲とのことを問い掛けてきた。 「まぁ·····いってないかもな·····」 己で口にして心臓がキュッと痛む。 そんな気持ちを渉太に悟られるのは、先輩の威厳として恥ずかしくベッドに背を向けた。 あれから2週間ほど経つが藤咲と連絡は取れていない。あの後翌日すぐに電話を鳴らし、メッセージを入れてみたが出ることは疎か、折り返しの返事すらも貰えなかった。その後も何度か連絡を試みたが音信不通で途絶えたまま。再び藤咲に不信感与え、拒絶をされてしまったのだと気を落としていた。 一時の感情とはいえ、藤咲のトラウマの根源である行為を彷彿とさせるようなことをしてしまったのだから·····。 反省したところでもう遅いし、藤咲も今頃はベルギーへと旅立って現地で稽古に励んでいるはずだ。世界的に有名な指揮者からのご指名での参加の大事な仕事中に余計なことをして彼の心を乱す訳にはいかない。 このまま自然消滅なんてことも有り得る話だった。あんな形で別れてしまった以上、藤咲が離れて行ってもおかしくはない。 自らは離さない気で居たけど、藤咲が俺と離れるのを本気で望んでいるのなら無理に引き留めるのは違う気がした。 「そうですか·····」と呟く渉太の声音が残念そうで、こんなに仲を取り持ってくれているのに期待に反するような状況を作ってしまい、心苦しく思う。窓から差す僅かな月明かりと秒針の音だけが響くこの部屋で大樹は「すまない·····」と呟いた。 「俺じゃあ·····尚弥の気持ちを寄り添うことが出来ても尚弥の抱えている苦しみから救ってあげることは出来ないと思います。俺自身が彼の背負っているモノを受け止められるほど強くはないから·····」 俺が「藤咲は渉太といた方が·····」などと呟いたのを気にしてか、擁護してくる渉太に変わらずの彼の優しさを感じる。 俺よりも渉太の方が格段に成長しているのは痛いほど感じている筈なのに、俺のどこが強いというのだろうか·····。

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