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愛の夢

ヨーロッパ、ベルギーの首都ブリュッセル。 まるで御伽の国の世界を彷彿とさせる特徴的な西洋建築が建ち並ぶ。 美食家の集う国としても有名なこの街は尚弥が17歳からフランスに移り住んでいた頃、隣接国なだけあって何度かピアノのコンテストや個人的にも訪れていただけに馴染みがあり、懐かしい気持ちになる。 『ナオヤ、調子はどうだい?』 窓辺に佇むグランピアノの前で眉間に皺を寄せながら譜面と睨めっこをしている尚弥の元へ、指揮者であるダニエル・ウォンカが歩み寄ってきた。 大判のペルシャ絨毯に暖炉の前のソファに、気持ちを落ち着かせてくれる暖かみのある陽の光。 此処はダニエルの自宅のピアノ部屋。 藤咲は本番当日までの間、彼の家に滞在することになっている。ホテルの方が接触恐怖症を持っている藤咲にとって、他人に気を遣うこともなく過ごしやすいだろうと思っていたが、彼からのご好意で自宅に泊まらせて貰えることになった。 それに、何よりの決定打になったのは彼の自宅にピアノがあることで何時でもコンサートに向けての練習が出来る点では、本来の目的である為に私情を優先するよりも大事な日に向けての練習の方重要であった。 ダニエル本人にも自分の症状については理解を得ている。ダニエルは音楽に関しては自らが指揮を取る以上、とても周りの音に敏感で拘りや癖が強いのでプロの奏者でさえ、初めは頭を抱える人物だと言われているが中身は許容が広く、賑やかでいて優しい性格であった。 彼には家族がいて、奥さんのソフィアと10歳と8歳の娘が二人。2階の空き部屋を自室として使わせて貰えたことと、女性がいるとこで尚弥の生活するうえでの警戒心やストレスは多少軽減されていた。 『んー·····』 尚弥が小首を傾げ苦笑するとダニエルは険しい表情を浮かべる。曲を単純に引く上では問題ない。一番の問題点はダニエルの求める表現に応えることが出来るかであった。

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