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今回のダニエルの意向は『愛』と言ったテーマを掲げたものだった。故に曲目も、テーマに通じるクラシックの恋愛ソング達が並べられている。尚弥にとって人が人に恋情を抱くことについて無縁に近く、最も避けてきた感情だった。
その中で尚弥は「愛の夢」第3番を弾くことになる。大体の作曲家の音楽は恋人への影響力から出来上がった名曲が多いが、尚弥自身リストの生い立ちについては理解得ない所がある。
やはり不倫と結びつくこの曲は苦手であった。愛や恋に熱を浮かされ、当人同士はいいかもしれないが傷つくものだっている。
それくらい誰かを執念に好きになれたらと思う反面、右も左も見失うような恋愛を蔑む。
だから日本から·····長山から逃げるように彼からの連絡を絶って此処にきた。
あの日、長山の熱に浮かされた顔や執拗に僕の指先や掌を愛でてくる姿を見て怖くなった。それは長山が僕に向けている感情を受けてではなく、自分の中で腹部の下で疼くような感覚を覚えたからだ。
動揺する心を持ち合ちながらも、彼に触られたい·····。愛されたい·····と思ってしまった自分に悪寒のようなものを感じ、気づけば「嫌だ」と呟いていた。
長山が、喜んでくれる姿は嬉しい·····。自分の起こす行動で長山が喜んでくれるのを応えようとする気持ちはあるのに、それと相まって大樹に気にかけて貰えると嬉しくて拒絶することを忘れてしまうそんな自分が怖くなる。
長山に触れる度に膨れ上がる己の感情に戸惑い、そんな素直な気持ちは穢れた感情だと反発するように不愉快だと相手を蔑み、突き放してやらないと感情が保てない心の弱さから逃れるための習慣づけられてしまった強迫行動。
自分の言葉の刃によって彼を傷つけることでこの感情を発散してしまうことになるのであれば、長山のことなど忘れてしまいたい結論に至った。
渉太は大樹はそんな弱い人じゃないと言っていたが、あの時のバーでの咄嗟の出来事に『気持ち悪い』と拒絶した時の微かに感じた大樹の寂しそうな目を見逃さなかった。
過去に酷い事を言った時のような誰かが傷つく姿はもう見たくない·····。
自分が愛そうと踏み出すことは相手を傷つけてしまうことになるのであらば、自分は一生避けていたほうが楽な道であると悟った。
そんな時に、ダニエルから提示された曲目に尚弥自身頭を抱えざる負えなくなってしまったのだ。
『尚弥は今まで、心から愛し合っている人はや大切な人はいるかい?』
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