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演奏者である自身の感情から奏でる音が左右されることなど痛いほど判ってきたつもりだが、心が追いつかない。 愛したくても愛せない、相手を求める自分に 拒絶をしてしまう。ダニエルには尚弥の感情がピンと来ていないのか、ピアノに寄りかかると腕を組み、耳だけ傾けるように頬に手を当てて話を黙って聞いているようだった。それがかえって、話しやすく、尚弥は未だ解決に至っていない自分の胸の内をその横顔に話し続けた。 『自分の中にある欲というものが穢れを纏っているようで、途端に拒絶が生まれるんだ。それを認めてしまうのは僕は汚れた人間として生きていく自分が許せない·····。そんな感情知られたくないのに·····好きな人に触れるとその感情が大きくなって、罪悪感で押し潰されそうになる·····』 『ナオヤ、僕は愛と欲は切っても切り離せ無いものだと思ってるよ。勿論色々な考え方もあるし一概にこれだとは言いきれないけど、 愛情が深くなればなるほど欲が生まれるのはごく自然なことさ。それを穢れてるなんて君は神様にでもなるつもりかい?』 尚弥の話を聞いて真剣に考えてくれているのだと思えば、先程よりも首を大きく傾げ、両肩を上げると半ば呆れた口調で訴えてきた。 自分が話すことで今まで受けてきた反応とは間逆の返答に驚きながらも、俯きがちだった顔が上がる。 『君は深く考えすぎだ。音楽もフィーリングが大事だろ?自分の感じたままを受け入れてそれを表現する。そして相手に伝えるのが仕事だろ?中には僕自身の表現したものをそれは作品の冒涜だ。なんて批判の声も浴びる。そんなのに一々凹んでいられないだろ? どんなことを言われようとも僕は、批判する人達が悪いとも思わない。何度でも音楽を通してその人達にいずれ心に留めて認めてもらえことを信じながら伝え続けるまでだ』 ダニエルの立場上、歴史的に愛され続けている名曲たちを自身で手を加え編曲して曲を通して伝えたいことを自分なりにオーケストラを従えて伝えなければならない。もちろん原曲への愛情が深いものからの批判は全くないわけではないのは理解し得ている。 僕自身も気にしてはいなかったが、数々の名曲をカバーしたアルバム音源をリリースする際に、まだ若きピアニストであるが故に見た目の先入観だけで『なんでこんな奴が』『やっぱり若いやつが弾くと曲の重みに欠ける』などとSNS上からの誹謗中傷を受けたことはあった。

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