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尚弥でも批判を受けるくらいなのだから、彼は自分の世界感を大事にし、批判の声も諸共せずにそれ相応の覚悟でステージに立っているのだ。 それと尚弥が今思い悩んでいる状況となんの関係があるのだろうか。 疑問を抱えながらも、話してうちに白熱してきたのか、ダニエルはピアノに寄りかかるのを止めると、尚弥の目の前に立ち、両手を広げながら熱弁してくる姿を黙って見ていた。 『君の愛に対する考えも同じだ。君は直感では求め感じているんじゃないのか?だけど今までの君の中の固定観念が全身で自分自身を否定している。相手を欲する自分も、それに罪悪感を抱く自分も、まるごと認めることが出来たら相手のことを心底愛おしく思えて、いずれ愛し合うことが穢れてるなんてきっと思わなくなるはずさ」 「尚弥はまず自分のことも愛さなきゃね」とダニエルは尚弥の右手を取っては手袋の上から手の甲を親指でなぞられると同時に手にしていた譜面が床へとヒラヒラと揺れながら落ちていく。途端に背筋が凍り悪寒がしたが、すぐ様放されたことによってダニエルの言葉は自分の手の傷についてさしているのだと察した。誰がどうみても痛ましいとしかいいようにない、自ら作った傷だ。 譜面を拾おうと椅子を引き、前屈みになったところでダニエルに優しく微笑えまれながら譜面を渡される。 「君に人を愛することへの情が理解できなくても尚弥は尚弥の気持ちで弾くといい。もちろん作曲者の想いも第一だけど、聴く人のその時の心情や状況によって音楽は様々な捉え方ができる。そこがいいところなんだからさ。君がこの曲をどう弾きたいかだ。もちろん僕達は全力でサポートするよ。君が僕の胸を燻らせるくらいの素敵な音色を聴かせてくれること期待しているよ」 自分とは真逆の陽気で楽観的な性格だからこそ出る言葉。否定する自分ごと認める···。 僕は今まで拒絶から断ち切ろうと我慢して耐えようとしていた。そう暗示れば案じるほど追い込まれて行くことも気づかずに·········。 頭で理解ができても大樹と会った自分の心ががどうなるかなんて予想がつかない。 漠然としたままの尚弥に『さあ、僕も愛する家族との時間を大切にしなきゃね。まだ時間はあるんだ。尚弥も僕達に日本の料理を教えてくれ』と部屋を出て行ってしまった。

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