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少女の反応を不審に思ったのは一瞬のことで、風と共に人影が横切る。大樹が風の方を見やると全身黒ずくめでキャップを被った青年が颯爽と角を曲がっていったのが見えた。もしやと思い、足元に置ていてあるはずのボストンバッグに目線を移すと跡形もなく無くなっている。 大樹は咄嗟のことに少女に『ごめん、ちょっとまってて』と声を掛けては全力で青年を追いかける。人通りが多い中で掻き分けて探すものの姿は見当たらず、諦めて駅前まで戻ってきたところで、少女の姿も無くなっていた。 やられた·····。 あの含み笑いから少女もグルだったんだろうか·····一瞬しか見れなかったが、背中からして成人男性ではなかった。もしかしら兄妹だったのかもしれない·····。 海外は特にヨーロッパはスリが多いと耳にしているし、要注意が必要であることは重々承知していた。なんなら少女にぶつかる前までは用心していたつもりだったが、日頃の日本の平和ボケと大樹自身の人の良さが祟り、完全に気を抜いてしまっていた。 幸い、パスポートや金品類はボディバックに入れていたが、ボストンバッグには着替えの他に滞在中にもノートパソコンを入れていたのでかなりの大打撃であった。 自分の過失とはいえショックは大きく、その場で頭を抱えながらも、念の為地元の警察署へと被害届を出したが戻ってくる可能性は極めて低いから諦めた方がいいと諭される。 最も大事な貴重品が盗難されなかっただけマシだと慰めながらも、こんな幸先不安の最中のベルギーでの旅に気が思いやられる。 起こってしまったものは仕方がないと割り切り、大樹は市場が立ち並ぶ広場の噴水近くに座り込んでは目に止まったワッフル店で購入したワッフルを頬張っていた。 藤咲に会えるチャンスは公演当日しかない。 あと2日程をどう過ごすべきか、彼がこの地の何処にいるかなど、連絡を取らなければ検討もつかないし、とった所で返信など返ってこないだろう。 そろそろ日が落ち始めている中で着替えの入手は難しそうなのでホテルを目指して行動を起こすことを考えていると、目の前に人が立ち止まった気配がした。大樹は先程のスリを危惧してか身体が震わせながらも、念の為コートの下に隠したボディバックを気にしながらもゆっくりと目線を上げていく。 ツヤツヤに磨かれた黒いローファーに真っ黒いロングコートの裾。細い脚。買い物帰りなのだろうか紙袋を両腕で抱え、指先の手袋を目にした途端、不安が確信に·····そして安堵へと変わる。

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