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「なんで·····。こんなとこで何してんの」 不機嫌そうな表情を浮かべ、聞き慣れた日本語で話しかけてきたのは、自分が会いたくて訪れた藤咲本人だった。期間にして数週間音信不通であっただけに久しぶりの藤咲のやり取りに胸が込み上げてくる。 旅先での早々に起きたトラブルによって疲労困憊していたのもあってか藤咲の顔を見た途端、気まずさよりも嬉しさの方が上回っていた。 「藤咲!·····お腹減ってさ、ワッフルを食べてたんだ。いるか?」 大樹は自身が手にしていた小ぶりの紙袋を漁ると徐に立ち上がっては、ワッフルを手に取り藤咲に渡す。 日本でのことを忘れたわけではない。 しかし、無視しようと思えば出来たはずのこんな大勢の人々が行き交う観光地の中心で藤咲が俺を見つけて話しかけてくれた事に、微かな期待のようなものを感じては、何時もの調子で藤咲に問いかけるが、差し出したワッフルは受け取って貰えないようだった。 「いらない。それよりもあんたがなんで此処にいるんだよ」 「それは····どうしてもお前の演奏が聴きたくて·····ってのは建前で·····藤咲が迷惑がるのを承知でお前と話したくてきたんだ·····」 音信不通だった訳を藤咲の口でちゃんと聞きたい。渉太に「諦めないで下さい」と言われたが、藤咲のことを苦しめているなら身を引く覚悟は渡航する前にできていた。どうせ別れるのなら藤咲とちゃんと向き合ったうえで別れたい·····本心ではそうであってはほしくないにしても·····。 「ストーカー」 「え?」 てっきり話すことへの拒絶を見せてくるかと思っていただけに、思いがけない単語が藤咲から発せられて思わず聞き返してしまった。 「此処までついてくるなんて、あんたストーカー気質あるだろ」 「ストーカーだなんて、人聞き悪い。俺は約束を守っただけだ。藤咲を見捨てないって·····お前はどうなんだ?返信寄越さなかっただろ?お前の真意が知りたい」 気持ちが逸るあまり、一歩前進しようと踏み出したところで藤咲の足が退く。藤咲は口元を戦慄かせると「今は話したくない·····」と呟いたことで、自分はまた彼を困らせてしまったのではないかと自己嫌悪に陥った。 責め立てるつもりはなかったのに、藤咲を前にした途端、嬉々する心と同時に触れられそうで触ることのできない距離がもどかしくて余裕がなくなってしまう。 大樹が言葉を詰まらせたところで、タイミング良く助け舟かのように「ナオヤー」と藤咲を呼ぶ声が聞こえてきた。

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