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『ダニエル、彼は忙しいんだ。無理に誘うのは良くない』 『いいじゃないか。君の友人なんだろ?人数が多いほうが楽しいじゃないか。それに何だかタイキは話しやすい。もっと話を聞かせてくれ」 初対面の男にそう言われるのは悪くないが、遠回しに大樹を遠ざけようとしている藤咲の事を思うと素直に喜んでいいものなのかと悩まされる。 そんな楽観的な男に振り回されながら、嫌そうな表情を浮かべる藤咲を差し置いて『君はビールは飲めるか?』と問いかけてきたので、はいの二言で返事をするとあっという間にダニエルの自宅へ招かれることが決まってしまった。 大樹の何時も性格であれば此処は藤咲の表情から気持ちを汲んで自ら断りを入れている。しかし、それでは此処に来た意味が無い。何としてでも藤咲と話す機会が欲しかっただけにダニエルからの誘いは好都合だった。 路上駐車場をして合った水色のボディの乗用車に乗り込むとダニエルの自宅へと向かっていった。藤咲が後部座席で大樹が助手席。 道中、男と会話している途中で分かったことだが、ダニエルは藤咲の出演するコンサートの指揮者であることが判明し、業界ではかなり有名な人なのではないかと冷や汗ものだったが流石のダニエルでも父親の事までは知らないようだった。 日本では芸能活動もしていることもあり、そこそこ名が知れているものの世界では一オーケストラ奏者に過ぎない。ダニエル程の世界で活躍する人間には目に届かないのだろう。 大樹は長山の息子だと先入観で見られることはないのだと分かった途端に安堵する。 それにダニエルから藤咲の滞在中の期間だけ彼を泊めているんだと藤咲が自ら話さないことを教えて貰うことができた。当の本人は既に諦めているのか、一切此方の会話に介入することなく後ろで大人しく車窓を眺めている。 藤咲が今この状況にどんな気持ちを抱いているんだろうか·····。 先程「今は話したくない·····」と言った彼の気持ちにどんな意味があるのか·····。

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