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それ以降、藤咲とは時折彼に指示を仰ぐくらいで、それ以上に深く切り込んだ話をする事はなかった。 そんな微妙な距離感でいる二人の間に流れる気まずい空気を和ませたのはダイニングテーブルでお菓作りをしていたダニエルの娘たちだった。キッチンへと型どりしたクッキー生地の乗った皿を持ってソフィアさんと共に現れてきては、オーブンに入れて出来上がりを今か今かと待っている。 姉妹揃ってキッチンオーブンの前に張り付いてじっとクッキーが焼けるのを眺めると、にこやかに微笑んでくる姿は大樹と藤咲の心を温かくさせる。 ダニエルは余程日本や日本食が好きなのか、炊飯器を常備してあったのは驚いたが、そのおかげでサーモンをアボカドをお米と海苔で巻いた巻物を作ることができた。他にもベルギーの食材と織り交ぜながら日本で定番のパーティ料理やビールのお供に合うものを振る舞うとダニエル一家にいたく喜ばれた。 藤咲もテーブルの片隅に座り、黙々と俺の作ったご飯を食を食していたので不味くはなかったのだと様子を見て安堵する。 お酒も入ったことで気分が良くなったのか、ダニエルが自宅に友人を呼び出すとあっという間に家の中が賑やかになる。 ダニエルの幼なじみと名乗る長い髭を生やした中年男性とその家族がぞろぞろとインターホンと共に人が入ってきては気づけば本格的なホームパーティへと変わり果てた様子に、大樹はどこか懐かしさのようなものを感じていた。 ビールを呑んで顔を赤くしている大人達や子供同士で賑やかにボードゲームをして遊んでいる光景。 その光景は幼き日、藤咲の家と家族ぐるみの付き合いだった俺たちが何度か訪問し、藤咲宅でのホームパーティを開いていたことを思い出させる。 大人達がお酒を嗜んで談笑している中、退屈だった藤咲と俺は親達の目を盗んで、稽古場だったピアノの部屋に行っては弾き遊んでいたっけ·····。「大樹くん。つまんないから、ピアノで遊ぼ」なんて幼い藤咲が慕ってきていた時のことを想起してあの頃に戻れるならと虚しい気持ちになった。 そんな思いをダニエルたちの会話に混ざることで誤魔化してはいたが、最初は大樹に気を遣っていた英語も次第にお酒の酔いが回ったことでフランス語の会話が主流になってしまい、大樹は完全に置いてきぼりだった。 疎外感を感じ、ただただ愛想笑いを浮かべることしかできずにいると、ダイニングテーブルの隅でダニエルに話しかけられたら偶に答える程度でしか会話に入ってこなかった藤咲が徐に席を立ち上がった。

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