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幼なじみとの会話に夢中なダニエルに気づかれることなく静かに席を外しては、リビングを出て行ってしまった。ダニエル達の会話に積極的ではなかった藤咲は少なからず大勢が集まる場は得意ではないような気はしていた。 藤咲の気持ちが明確ではない以上、安易に近づいたところで大樹は彼と何を話せばいいのか分からない。心底、日本から出たいと思うほど俺と離れたいと彼が望んでいるのであれば俺とはもう話したいとも思わないだろう。 そんな俺がまたしつこく付き纏ったところで鬱陶しがられるだけだ。だけどせめて藤咲と過ごせる最後なのですれば彼と笑い合えた時間を過ごしたい·····座席で悶々としては、藤咲の行先が気になって仕方がなかった。結局大樹も、しばらくして、静かに席を立ち上がっては藤咲の後を追いかける。 藤咲が居るとしたら、宿として使用と言っていた2階の部屋だろう。リビングを出て直ぐ正面にある2階へと繋がる階段の一段目を踏み込んだところで、少し先の奥の部屋からピアノの音色が微かに漏れだしているのが聴こえてきては足を止めた。 音色に誘われるように扉へと近づくとドアノブを静かにひねる。扉を引くだけだと分かっていても、この先にいるのは藤咲以外に考えられないだけになかなか踏ん切りが付けられなかった。 すると、リビングから話し声と扉が微かに動く気配がして、疚しいことをしているわけではないのに他人の家を許可なく徘徊している後ろめたさから隠れるように勢いに任せて、扉を引いては中へと入っていた。 部屋の奥の窓際にグランドピアノと手前には洋風の家庭出よく見るような暖炉に大判のペルシャ絨毯。そして、誰しもが聞き覚えのあるクラシックの名曲を澄ました表情で弾いている藤咲がいた。 確か·····愛の夢·····だっただろうか。 しばらく聞き惚れていると穏やかな表情で弾いていたはずの藤咲の表情が次第に歪むと、 途端に「ダーン」と複数の鍵を叩かれ不協和音が響いた直後、藤咲は頭を抱え、項垂れた。 「藤咲·····大丈夫か?」 どこか具合悪くなってしまったんだろうか。 フラッシュバックのことも案じ、咄嗟にでた大樹の声に気がついた藤咲がのそりと頭を上げると此方を睨むような視線を向けてきた。

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