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リビングへと入り、物音を気にしながらも静かに扉を閉めると、ダニエルと向かい合って晩酌をしている大樹の後ろ姿があった。
尚弥は二人の視覚になるように大きな観葉植物の影に隠れる。
『タイキのおかげで楽しかったよ』
『いいえ、俺もダニエルさんとお話できて嬉しかったです』
『夜はどうするんだい?ホテルは決まってるのかい?』
『決まっているのでこれからタクシーでも拾おうかと…』
『タイキ、それは無謀だ。ここら辺は全くタクシーなんか通らないよ。うまく捕まったとしても悪徳な運転手に捕まる可能性の方が高い。荷物は宿泊先に預けてあるのかい?』
『それが…到着した途端にパスポートとお金以外、子供に盗まれてしまって…』
淡々と交わされる二人の会話に聴き耳を立てる。出会ったときから大樹の荷物が旅行者にしては少ないと感じていたが、漸く謎が解けた。尚弥が声を掛けたときには、荷物を盗まれて途方に暮れていた時だったのだろう。
ほんとしっかりとしているようで間抜けな一面をみせる大樹を心で嘲笑いながらも、あの時の大樹を見過ごせなかった自分がいたのも事実だ。
『Oh…それは災難だったね。君が良ければうちに泊まっていくといい。ナオヤと同じ部屋を使ってもらうことになるが·····友達だから平気だろ·····?』
長山もここに泊まる·····。
しかも同じ部屋·····確かに尚弥が使っている部屋は広い。多数の来客を想定してか、客間にしてはベッドもダブルだし二人泊まるくらい申し分ない。しかし、長山と同じベッドに眠るなど正気を保てる訳がない。
尚弥は間髪入れずに出ていきたいところではあったが、長山の反応が気になり、様子を伺う。先ほど僕との連弾に歓喜をしていた割には此方を振り返ることなく、颯爽と出て行ってしまった彼は今この状況にどう思っているのか。
長い沈黙から長山は深く考え込んでいるのか、返答がない。
『ダニエルさんには申し訳ないですが、遠慮しておきます·····いくら藤咲とは友達でも俺たちは深く心許し合った仲でもないので、相部屋は少し抵抗が……』
心を許した仲でもない……。幼馴染というにはブランクがありすぎて、
確かにお互いの関係は安直に名前が付けられるほど簡単なものではなかった。
かといって学校の先輩後輩でもなければ親友でも恋人でもない……。
長山の言うことは間違っていないが、彼に言われると何だか索漠とした。
寂しいような……落胆している自分がいる。
あれだけ突き放していたくせに虫が良すぎると自覚している。
『そうか?君たちは凄く仲良さそうにみえるけどな。ピアノ室から聴こえてきた四重奏。あれは君たちなんだろ?』
『それは…』
『で、ナオヤはどうなんだ?』
大樹が返答に困っている傍らで、唐突に少し離れた位置にいる僕に問い掛けられてドキリと胸を突かれる。上手く隠れているつもりだったが微かな音も聞き逃さないダニエルの耳に扉の開閉音は聴こえてしまっていたらしい·····。
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