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尚弥が借りている部屋へと入るなり、長山はスマホを取り出すと宿泊先であったホテルにキャンセルの連絡を入れているようだった。ダニエルの前では強がっていた尚弥も長山との二人の空間は身が引き締まり、全身が緊張する。 あくまで自分を好きだと好意を表してきている男なのだから意識しないわけがなかった。ここ2週間ほど暮らしてきた場所なのに違う部屋にいるような感覚がする。終始落ち着かなかった尚弥はとりあえず部屋のディスクにあった本をパラパラと捲り、手持無沙汰を紛らわしていた。 尚弥が借りている部屋は時折ダニエル自身も使用しているのかディスク周りには読みかけの本、音楽関連の本などが散らかっている。尚弥もここ数日時間ががあるときは作曲の本を借りて読んでいた。そして、くつろげる様に寝そべられるくらいのソファやそれに、部屋の真ん中に構えてるダブルベッド。これはわざわざ用意したのではなく以前ダニエル自身が使っていたものを不要になったから置いたと言っていた。 「俺はお前の考えてることがわからない……」 電話を切っての長山の第一声がこれだった。 「どういうつもりだ……?」 ダニエルが強引に押し切る直前まで頑なにここへ泊ることを拒否しようとしていた彼。辟易ともとれるその態度に尚弥は理解し得なかった。 僕のことが好きだから追いかけてきてくれたんじゃないのだろうか。 連弾をしたら嬉しそうに抱きしめてくれたんじゃないんだろうか。 なら僕と一緒の部屋でなぜそんな苦しそうに顔を歪めているのだろう……。 「どういうつもりって、あんた困ってるんだろ?助けになりたくて……」 「勘弁してくれ……」 頼りなく掠れた声で苦しそうに言葉をこぼす。 そんな態度の長山に腹立たしく感じた尚弥は「じゃあ、どうすればよかったんだよ……」と強めに言い返すと長山が鋭い眼差しで此方を睨んできた。 「日本を発つ前のこと忘れたわけじゃないだろ?そりゃー…連弾は楽しかったし嬉しかったけど、それとこれとは別だ。それにお前は俺と離れたいんだろ?ならなんで一緒でいいなんて言った?」 以前にも見たその獲物を射るような長山の視線に手が震え、尚弥はそんな姿を見せまいと本を机に戻して、右手を左手で掴んだ。 その視線のまま近寄ってくる彼に動揺しながらも、尚弥は日本に居る時のように責められるのあろうか……。 そしたら自分はちゃんと拒絶をせずに長山に応えることができれば……さっきピアノ室で感じた寂しそうな長山の背中を見ずに済むのではないかと、身構えていた。 しかし、長山は途端にふわっと柔らかく微笑んできたので尚弥は拍子抜けする。

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