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22-6
片手で荒々しく頭を掻きむしると、額を抑えていた。
「藤咲、そういうことは我慢してするもんじゃないんだよ。無理ならそれまでだ。……頼むからその気がないならもう俺に触れようとしないでくれ……お前と俺はこの距離感が丁度いいんだよ。もうこれ以上お前との苦しい思い出は残したくない····」
自分で何を言っているのか分からなくなる。
またさっきみたいに抱きしめてほしい·····。
藤咲は大丈夫だって安心させてほしい·····。
僕の隣でピアノを弾いて·····楽しそうな姿をみたい·····。
「丁度いいって·····あんたが納得しても俺が納得してない·····我慢しないとあんたは離れていくんだろ?」
長山が望むならその先だって·····。
僕は·····僕は·····長山のこと·····す·····。
尚弥は慌てて大樹の元に駆け寄っては、滲んでいく視界。掌で流れる涙を頬を拭う度にジリジリと痛む手指の傷。
本当にこれを逃してしまったら最後のような気がした。それくらい彼の双眸から熱の篭ったものを感じることがなかったからだ。
「それがダメだって言ってるんだ。藤咲·····俺の気持ちも汲んでくれ·····明後日のコンサート楽しみにしてるからさ。それでもう終わりにしよう」
「ぃ·····だっ」
気持ちを素直に言葉で表すことが出来ない。
たった二文字の言葉を発するだけなのに·····。
彼と再び連弾をして、己の中で微かな抵抗を残しながらも漸く認めることが出来たよな気がした·····前を向けるような気がした。
「どこ行くんだよっ」
「ちょっと頭冷やしてくる。戻ってくるから安心しろ」
必死に涙を拭う藤咲の傍ら、長山は静かに立ち上がると「ごめん」とだけ呟いて部屋から出ていってしまった。結局自分は彼に触れて引き止めることすらできなかった·····。
彼が欲しいと思う言葉を·····引き留められる言葉を言ってあげられなかった·····。
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