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これが恋だとしても…
公演当日、沢山の椅子が並べられ、指揮台の前にはグランドピアノ、極めつけにはステージ上後方の全体を主張するかのようなパイプオルガン。ブリュッセルの一番大きいコンサートホールの2階最前列の座席で大樹は瞼を閉じて深く深呼吸をした。
結局一昨日の夜は、藤咲のいる部屋に戻ることはしなかった。リビングのソファを借りて眠りについたことで翌朝、ソフィアさんに驚かれてしまったが、藤咲と同じ部屋で眠ることは彼が耐えようとしても大樹が耐えられなかった。
自分を奮い立たせて理性を保とうとしても煽ってくる藤咲に翻弄されてそのたびに大樹の中での葛藤が生まれる。脅しをかけても、声を震わせながらも大樹の気持ちに応えようとする藤咲がいじらしくて見ていられなかった。
藤咲の気持ちが解かせない·····。
我慢させて繋がった未来に先があるなんて思わないだけに、涙を流して佇む彼を見て余計に虚しくなった。
寂しいくせに強がって、かと思えば猫のように擦り寄ってくる藤咲に自分はどうしてやるのが正解だったのだろうか。
少なくとも俺がいない方が藤咲は心穏やかで居られるのは間違いなかった。
自分の中に宿る感情はもう単純なものではない。
触れたい相手だからもう容易く触れる関係であってはならない·····。
欲というものは溢れてくるもので、自分の手の内に入れば入るほどだけもっと欲しくなる……。
藤咲の真意がみえない行動にイライラして傷つけてしまうならば一番心地の良いところでこの関係に終止符を打つ方がお互いの今後のためでもあった。
藤咲との約束を守れず、彼と言葉を交わさぬままダニエルさんに早めに首都圏まで送って貰ったのが昨日の話。
大樹は己のケジメとして藤咲の勇姿だけは見届けることにした。会場に足を踏み入れるだけでも、同じ場内に藤咲が控えていると思っただけで足元から迫り上がるような緊張感に苛まれていた。それだけではなく、ダニエルの好意で関係者席に招いてくれたが、律仁のコンサートの時にも感じたが、この手の座席はやはり雰囲気が違い、空気にのまれそうになる。
開演してしまえば気にならなくなるんだろうが·····。
楽団内の親族やらも多少いるだろうが、大概は音楽関係者や現地メディアのカメラも数台あり、天才指揮者率いるブリュッセルの有名楽団と世界で注目を浴びている日本人若手天才ピアニストのコンサートは余程注目度が高いのだと伺える。
各々機材の調整をしたり、局同士で何やら会話をしていたり映像に残すの為に真剣のようだった。
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