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ダニエルの合図と共に藤咲のしなやかな指が鍵盤を滑り繊細な音色を奏でる。 大樹が以前、目にしていたことがあった、路上で周りを楽しませることを優先としていた時と全く違う真剣な様子。 揺れる身体と共に藤咲の感情も音に乗せられているようだった。 そんな藤咲の演奏と調和し補うように、重なる他の楽器たち。 ダニエルの指揮にも力強く情が込められているのが伝わってきた。 今彼は何を思って弾いているのだろうか…。 一音一音から途轍もない誰かへの愛おしさや、葛藤、恨み、羨望を熱く感じることができ、藤咲の額とかは前髪が張り付くほど汗を滲ませている。 まるで魂でも削りながら弾いているようで、途中から鑑賞するよりも彼の体調が心配になるほどだった。 舞台上の照明もあるだろうが、何より数日前にも起こしていたトラウマのフラッシュバック症状を危惧する。いつもしている手袋もしていないようだし、座席からでは顔色まではっきりと認識することはできなかった。 藤咲の頭が深く項垂れたかと思えば、音の余韻を残し、ダニエルが止めの仕草をして演奏が終わったと共に巻き起こった拍手。余程、藤咲の演奏は観客の心に響いたのか座席を立ち上がり、頷きながら拍手をするもの、目元にハンカチを当て涙しているものもいた。 どこか違和感を感じる藤咲の様子に不信の念が堪えない……。 ダニエルも指揮台から降り、藤咲の元へと歩み寄って右手を差し出して握手を求めていた。藤咲は頭を上げゆっくりと立ち上がり、左手を出して重ねようとしたところで、ダニエルの手をすり抜け前のめりになると、肩に彼が気を失ったように倒れてしまった。突然の出来事に感動の余韻から一変して場内がどよめきに変わる。バックステージから慌てたようにスーツ姿のスタッフが登壇してくるとダニエルに寄りかかる藤咲の腕を回し、身体を支えられながら舞台上から降りて行ってしまう。 騒然とする会場内の空気。藤咲の出番は終わったものの演奏自体はまだ数曲残っていたが急遽、休憩を挟むアナウンスが流れた。 この状態では奏者も観客もまともに音楽を楽しめる状況ではないだろう。 アナウンスが流れるや否やいなや、メディア人達も藤咲のその後の動向を気にしているようで、颯爽とカメラを手にして場外へ出ていくものもいた。大樹もその後の彼がどうなったのか深憂に堪えなかった。 辛うじて歩けていたようだが、いつぞやの麗子に浴びせられた言葉のショックで意識を失っていたときの光景が浮かんできては、じっとアナウンスを待っていることなんてできなかった。どんなに諦め、身を引こうと決めても、藤咲が危険にさらされていると手助けせずにはいられない。 どうしようもなく自分は藤咲に惹かれているのだと思い知らされる。 そんな自分に両瞼を片手で覆い、失笑を浮かべては大樹もメディア人達に紛れるように会場内を飛び出し、広いエントランスの中、控室に続く通路を目指す。しかし関係者以外立ち入り禁止エリアの扉の前にはサングラスを掛けた厳ついボディーガードが行く手を阻んでいた。

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