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これくらいと手を自分の胸元くらいまで持ってきていたが、そんな少ない情報量でよく俺を関係者以外立ち入り禁止区域に連れて行こうと思ったことに驚いた。方やメディア人には頑なにこの先を通さんとばかりに厳重な対応をしていたのに……。これで別人であったならどうするつもりだったのだろうか。 大樹は男に向けて『そうだ』と頷くと念のためパスポートを見開いて差し出す。すると男は『ああ、よかった』と半ば厄介ごとから解放されたような反応を見せた。 『この先の部屋に君の友達がいるらしいんだ。今ピアニストのナオヤも倒れて周りは忙しいのに全くだよ。ホント、ナオヤは大丈夫だろうかー·····彼、見るからに細いだろ?心配だよ』 男は呆れたように肩を上げて溜息を吐いた。この様子から、男は上司命令を受けただけで詳しい事情を何も知らされていないようだと諭す。 男は藤咲ではない違う誰かを指しているようだったが、俺の友達と言ってこの地に居るのは藤咲ぐらいしかいないし、ダニエルからの言伝なら控室にいるのも彼で間違いない。 ダニエルが俺を探して呼び出すぐらいなのだから相当藤咲の状態は悪いのだろうか。 ダニエルだって今は急遽の休憩時間だとしてもあくまで開演中だから藤咲に付きっ切りでいるわけにはいかない。なら自分が彼の傍に居てやるのは自分しかないのだと自然と頭にあった。 『ああ、それはすまなかった。ありがとう』 男から藤咲を心配している様子が伺えて世界中の人に音楽だけじゃなくて彼自身としても愛されているのを感じ、大樹は男に深くお礼を述べると、下出に出たことで少し機嫌を直したのか「構わないよ。早く連れて帰ってくれ」と言っては忙しなく来た道を戻っていってしまった。 男が去ったあと、この先と言っていたが具体的にどことは説明されていないとハッとしたが、気づいたときには男の姿はなく、仕方なく虱潰しに探すしかない。 何と無しにひとつひとつの扉の前を通り過ぎると、ひとつだけ張り紙がされた部屋を見つけた。仏語の会話レベルまでの話術には到達していなくても、ある程度の単語は予め勉強していただけに理解はできていた。「救護室」と書かれたその張り紙を見て、ここに藤咲がいるような気がした。 あのステージの様子から倒れているかもしれないと思うとそこ以外にしか考えられなくて大樹は間髪入れずに扉を開ける。 フローリングでピアノ付きの楽屋を救護室の代わりに使っているのだろう。 部屋の隅の簡易ベッドに横たわる藤咲の姿があった。

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