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右手で冷却用の氷袋を額に当てて双眸を閉じている藤咲にゆっくりと近づく。胸元が上下して静かに呼吸をしていることから窮地に立たされた状況ではないのだと安堵する。 「おい、藤咲…?」 眠りについているかもしれないが、意識確認のために声をかけて見ると、閉じられた瞳のまま「よかった来てくれた…」と横たわる彼の口が動く。 彼の言葉の意図が呑み込めずに佇んでいると、藤咲は額から手を離し、上体を起こして此方を見据えてきた。 藤咲かち合う視線。 「あんたに会いたかったんだ……。一昨日、戻ってくるって言ったのに部屋にこなかったから·····。翌日も直ぐにあんた出て行っただろ?だから、ダニエルからあんた、コンサートには来てくれるって聞いたから、僕が倒れるところみれば必ず飛んできてくれると思ったんだ。だからダニエルに頼んであんたを連れてきてもらうようにした……」 彼の体に掛けられていたタオルケットを自身で剝ぎ取ると黒々とした真っすぐな瞳が大樹を捉える。 「倒れるところって…お前体調は?みんなは知ってるのか?」 「知らない。僕が勝手に仕向けただけ。正直、少し照明の暑さにやられたけど立って歩けるくらいなんともない·····でも今日は…凄く思い通りに弾けた気がする」 藤咲の具合を心配して駆けつけたのに、壇上でみたのは演技だったのだろうか……。藤咲の言葉から彼以外はみんな彼のことを本気で心配しているようだった。現に、大樹がここに辿り着くまでに点在しているスタッフの慌ただしさ、観客の藤咲の身を案じる不安を浮かべた表情を見てきていた。 そんな周りの気持ちなど露知らずに当の本人は「思い通りに弾けた」などと言語していることに大樹は無性に腹立たしさを覚えた。 俺だけならまだしも周りを巻き込んで、理由が「俺に会いたかった」からだなんて素直に喜べるわけがない。 大樹は思うより先に右手を振りかざすと、藤咲の左頬を思い切り叩いていた。 トラウマを抱えているが故、仕方がないのだと割り切って、藤咲は自分の感情優先で相手の想いや周りの苦労を蔑ろにする傾向がある王様気質の一面がであることは気づいていたとしても、ここまでの奴だと思わず失望した。

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