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尚弥の考えも虚しく、麗子の言葉の攻撃は止まず、そんな中で浴びせられた「穢らわしい」は大樹に触れられ、想いの丈を告げられた今でも完全に消えたわけではなかった。 大樹の温度を感じているときは、心を鎮めることができても、一人のふとした時に重なる父親のあられもない姿と自分の大樹を求める姿に喚きたくなるほど呼吸や胸が苦しくなる。 そんな時は大樹との連弾のことや、仕事のことを考えて乗り切っていた。 正直、大樹の母親の話は得意ではない。 尚弥は言葉を濁して、愛想程度に筒尾に笑いかけるとテーブルの下で両手指を組む。 目の前の男と大して話す話題もなく、かと言ってあからさまに席を立つのも如何なものかと思い、帰るタイミングを図りながらステージ上に目線を移す。差程興味のない女性のヴァイオリンに耳を傾けていると「大樹くん」と筒尾から発せられた好きな人の名前に思わず振り返った。 「今日はいないよ。彼」 不意打ちの問いに目を瞠る。 さも尚弥が大樹の事を待ち望んでいるかと詠まれたような物言い。 「藤咲くんっていつも大樹くん目当てで来てるでしょ?」 男の言葉に意識を集中させると、案の定、 筒尾には僕が此処にきた目的を見透かされているようだった。確かに尚弥がこのお店に足を運ぶときは決まって大樹がいる時なので、店主であれば勘ぐるのも当然。 ましてや僕はこの業界では有名人と言っても過言ではないことは自覚している。店でも観客としてひっそり座っていても多少、目立っていたのは自覚していた。 だからこそ、図星を当てられて気恥しさを感じる。 「別に目当てって訳じゃないですけど·····長山大樹とは幼い頃からの顔見知りで·····。それで彼は何で休みなんですか?」 筒尾の問いに肯定するのも胸の擽ったさを覚えて、やんわりと否定をすると彼がこの場にいない理由を問うた。途端に筒尾は顔を顰めて心做しか何か言いずらそうに顎を摩る。 「あー·····大樹くん休みじゃなくてね·····此処、辞めたんだよ」 「え·····」 辞めた·····?何で·····? 唯一彼と音楽を通じて触れ合うことが出来ていた場所。言わば尚弥にとっては自ら大樹に会いに行く口実となる場所だった。 一松の不安が過ぎり、胸が騒ぎだす。

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