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「手、この前まで手袋してたでしょ?大樹と上手くいってんだと思って」 大樹と共に過ごしたベルギー以降、恐怖心から逃れるようにしていた手袋を外すように意識し始めた。触れる物や人に対してのトラウマの紐づけは完全に断ち切れたわけではないが、自分が一歩前へと踏み出す姿勢を見せれば彼は喜んでくれる。小さなことからでもいいから彼を喜ばせたい想いは強かった。 尚弥は小突かれて咄嗟に両手をテーブルの下へと隠す。 完全に浅倉さんのペースに飲み込まれ、予想をしていた望まぬ流れになってきている気がする·····。 「それとこれとは関係ないです」 関係大ありでは合ったが、これ以上突っ込まれるのは尚弥としては今すぐに机の下へと身を隠したいほどに羞恥を覚えるので嘘を突き通す。だが、目の前の浅倉さんは尚弥の言葉など鵜呑みしていないようで、頬杖をついてじっと見つめてくる。 「ふーん。じゃあこの曲は誰のこと想って作ったんだろー?明らかに誰かを想って書いたものに感じたんだけど?まさか渉太じゃないよね?」 「だって言ったら·····?」 尋問を受けているようで浅倉さんからの圧を感じる。尚弥の性分で反発心から煽るような事を発言すると浅倉さんの瞳が正気を失くしたような漆黒の色に変わる。なのに口元は笑ったままなのでこのまま貫き通すのは不味い予感しかしなかった。 「しょ、渉太なわけないだろっ。悪いのかよ·····僕だって人を好きになることくらい·····」 動物的本能が赤信号を鳴らすほどの圧に押し負けて、口をまごつかせながらも白状すると、向かい側からブッっと吹き出した音が聞こえて見遣る。浅倉さんはあろう事か腹部を抑えて高らかに笑っていた。 「ごめんごめん。ちょっとからかっただけ。 全く悪くないよ。渉太がさ、君と大樹のこと心配してたからさ気になっただけ。でも良かったよ、少しは進展はあったようだね」 僕が狼狽える姿がそんなに面白かったのか指で目元を拭いながら、僅かに癇に障るような発言をしてくる。アイドルらしからぬ底意地の悪さ。渉太はよくもまあこんな男と一緒に居れるものだと感心するくらいだ。

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