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25-10
「最悪···それでもあんたアイドルかよ。別に心配も何もアイツとは始まってもないし、そもそも一ヶ月以上連絡すら寄越してこない奴のことなんかもう、どうでもいい」
尚弥はそっぽを向くとパイプ椅子の背もたれに身を預けては半ば投げやりに言い捨てた。口ではいくらでも強がっているけど、大樹のことが全く気にならない訳じゃない。僕のことをほったらかしにされていることへの腹立たしさと寂しさを感じていても、あの温もりを知ってしまったが故に完全に手放すことはできなくなっていた。
気づけばこうやって両手を組んでは、大樹が繋いでくれた手の感触や温もりを思い出す。其の度にキュッと摘ままれたような胸の痛みが生じて、そんな感情に心底嫌気がさすのに止められない。
「そうだ、尚弥くんこの後空いてる?」
瞳を閉じて大樹の熱を辿っていると浅倉さんにそう提案されて、余情から引き戻される。そうだ、今はあくまで打ち合わせ中だ。余計なことを考えている場合などではない。
目の前の浅倉さんに僕の心境を吐露したところで向こうからのアクションがなければ何も変わらない事実は一緒だ。
「空いてますけど」
尚弥はこの誘いが大樹のものであったらどんなにいいかと内心で拗ねらせながらも、浅倉さんがどういう意図で問い掛けてきているのかも検討がつかずに答える。
「よし、じゃあ今から行こうか」
「どこにですか?」
主語がなく話が進んでいく。
時間帯的に御飯の誘いだったのだろうか。
今回だけに限らず、初めてコンサートの打ち合わせをしたとき、お互いのマネージャーを交えて食事をしたことがあったので浅倉さんの誘いは珍しくない。
浅倉さんは「それは、ひ・み・つ」と口元に人差し指を当てて、アイドルよろしくと言ったウィンクをしてくると席を立ち、上機嫌な笑みを浮かべては会議室の扉を開け、尚弥に出口へと先導してきた。
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