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店内にいた客が一斉に此方を首を伸ばして伺ってきている。大樹は慌てて銀盆を拾うと「失礼致しました」と周りに平謝りしたことで、来客の視線が戻された。
「それはどういうことだ。お前にはちゃんと溺愛した恋人がいるだろっ。子供ってお前、藤咲との間に隠し子なんて俺は許さないからなっ」
どこをどう考えて僕と浅倉さんに隠し子がいるなんて発想に至るのか·····。
真剣な面持ちで浅倉さんに問い詰めている一方でマスクの上から手を当て、爆笑寸前の浅倉さん。彼の恋人が彼によって絆されている所はよく見るが大樹が彼の冗談で狼狽えているとこは初めて見た。
冷静な判断を欠くほど、大樹は僕のこと·····と思っていいのだろうか·····。
先程の嫉妬だとか、気付いて貰えなかった憂いさとかどうでも良くなってしまう程に、大樹に想われていると自覚すると、嬉しさと恥ずかしいさでいたたまれなくなる。
尚弥は頬が緩みそうなるのを唇を噛み締め、二人に悟られぬように俯く。
「あーおもしろ。大樹にしては珍しく焦っててんじゃん。何時もなら『そんな訳ないだろ』『寝言は寝て言え』とか冷静に返してくんのに。藤咲くん良かったね。大樹はちゃんと君のこと好きみたいだね」
意識が大樹に集中していると思っていたら、急に尚弥自身にも話の矛先を向けられて、思わず顔を上げる。
何でもお見通しだと訴えるような瞳に顔全体の体温が上昇していく。
この男に何もかも悟られてしまうのは悔しい。
「は?べ、別にそんなつもりじゃないし·····あんたも黙ってないで何か言えよ」
テーブルを叩いて否定をしてみるが、目の前の男は全く動じないし、言われ放題の当の本人はこめかみを指で掻いて耳朶を赤くしたまま、「いや·····事実だしな」と納得したように呟いてきたので、更に場の空気のいたたまれなさが増す。
「いいねぇー。この付き合いたての中学生を彷彿とさせる雰囲気。おじさん、見てて微笑ましいよ」
徐にテーブルにあった灰皿をひっぱりだし、マスクを顎へとずらすと電子煙草をつけてニヤニヤとしながら咥え始めた。煙草も相まって今の尚弥には目の前の浅倉さんが悪者に見えて仕方がない・・・。
何か反抗する言葉を探さなければ完全に浅倉さんのペースに巻き込まれてしまう。だけど、何も浮かばず、口を戦慄かせる事しかできなかった。
このまま蒸発して溶けてなくなってしまえるなら是非ともそうしたい衝動に駆られる。怒りだとか嬉しさだとか恥ずかしさだとか様々な感情が織り交ざり、行き場のない感情が頭で処理できずに目頭が熱くなる。
震えるテーブルの上の拳と溜まった涙で滲む視界。
こんなところで泣くなんてみっともない。
すると、この場の空気を打破するように頭上から大きな溜息が漏れてきた。
「はあー·····律仁。あんまり人を揶揄いすぎるのもいい加減にしろ。藤咲が困ってる。それにお前も渉太が第三者に詰め寄られてたら怒るだろ。これは俺たちの問題だ、これ以上突っ込んでくれるな」
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