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大樹は浅倉さんにお灸をすえるように、言い放つと渉太の名前を出したことで身を改めたのか、シュンと叱られた飼い犬のように肩を窄めると煙草を机上に置き、膝に手をつく。
「ごめん、言い過ぎたわ」と反省の色をみせてくると、深々と頭を下げてきた。
多分この人の暴走を止められるのは大樹か、渉太くらいだ。
何も知らない人が|浅倉さん《この人》と関わっていたら冗談や揶揄に振り回されてそれでこそ気疲れを起こしそう·····。
「·····嬉しさ半分、恨み半分ってとこかな」
浅倉さんは自重の表情から一変してゆっくりと顔を上げると尚弥の顔を真剣に見据えてきた。浅倉さんから自分に向けて「恨み」なんて言葉が出てくると思わなかっただけに、僅かに凹んでいる自分がいた。
「恨みってなんだ。お前が藤咲に恨むようなことあるのか?」
聞き捨てならないと言うように大樹が割って入って来る中、静かに頷く浅倉さん。
「あるよ。過去の話だったとしても尚弥くんは俺の最愛の人を傷つけたから」
浅倉さんに言われるまで気づけなかった。
彼に恨まれることなど思い当たるとしたらコンサートの途中で抜け出した事くらいに思っていたが、最も彼が憤慨することがあった。
僕が高校生の時に僕に好意のあった渉太にありもしない嘘をクラスの前でつき、好きなものを貶して、突き放した。
決して忘れてはいけない出来事。
自分が過去に傷つけられたからと僕に好意を向ける同性に嫌悪を抱き、優しい渉太を傷つけた。いつになく険しい表情をする浅倉さんの気持ちは、今ならわかる。好きな人が傷つくのは見たくない。傷つけるものは許さない。
自分が大樹にそう思うように、浅倉さんも·····。
「最愛の人って·····」
「渉太だよ」
渉太との事情を知らないであろう大樹がそう呟くと考える間もなく浅倉さんが即答してきた。彼の返答を聴いて「だよな·····」と呟いては反応に困惑している大樹を真面に見ることが出来ず、俯くことしかできなかった。
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