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大樹は長々と雑談をしていたところを上司に呼び出され、業務に戻っていった。 上司であろう女性従業員が目尻を釣り上げて腰に手を当てご立腹のようだったので、もしかしたら裏で怒られてしまったのではないだろうか。 大樹との話し合いの件は彼の業務が終わるまで待つこととし、一先ず尚弥は浅倉さんと店で食事をすることにした。 意気消沈気味の尚弥を察してか「補足だけど尚弥君自身を俺は恨んでる訳じゃないから、これからも仕事以外でも仲良くしていきたいと思ってるよ」と過去の話はこれっきりにして、食事中も飽きあらず音楽談義を繰り広げていると「浅倉さんじゃなくて、律か律仁でいいよ。その方が尚弥くんと距離縮まった感じするから」と呼び名を訂正される。 お互いに共通の友人がいることが大きいであろうが、尚弥もごくたまに半年に一度放送している音楽祭などといった番組に呼ばれることもある。しかし、共演者とは挨拶程度のだけでここまで関わりのある芸能人は律さん以外にいない。学生時代なんて腹を割って対等に話のできる友人は一切いなかった。 心のどこかで境界線を引き、同性に対して敵意のようなものを向けていたし、表ではいい顔をしていた奴らもどこか裏で自分のことを妬み恨んでいるんだろうことは微かに感じていた。異性は異性で僕のことをアイドルでも崇めるかのように群がって囲って騒いでいた記憶しかない。 本当に僕と対等に接してくれていたのは、渉太と|律さん《この人》だけだ。 こういう人達を大事にしていきたいと思えたのも大樹の存在があるおかげでもあるんだろうか·····。 食事を済ませると律さんは長居をせずに早々にご飯代を置いて店を出て行った。僕はというと律さんがいなくなった後も、珈琲を飲んでは時折大樹の働く姿に目をやりながらも大樹のことを待つ。 深夜帯になり、人が疎らどころか1組、2組いるかいないかの店内。大樹が仕事を終えたのは深夜三時を超えてからだった。

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