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インタビューを終え、その後の仕事が入っていなかった尚弥は桃瀬が一度事務所に来て自らが作曲を手掛けた浅倉律(あさくらりつ)の編曲を終え、本歌詞を加えた完成形態のデモが届いたから聴いてほしいとの申し入れがあったので、桃瀬の車で移動する。ここ何週間、何度も編曲者と打ち合わせをして作成した曲が漸く律さんによって形になった。 彼が自身の曲にどんな詞を入れてくれたのか。 微かに期待を寄せながらも後部座席で車窓から日が暮れ始めた都内の景色を眺めていると、運転席の桃瀬に「尚弥くん、今日はごめんね」と唐突に謝られてしまった。尚弥は斜め向かいの運転席に視線を移し、桃瀬のどのような意図で謝ってきたのか解せずいた。 母親であるマネージャーであった|久甫恭子《くぼきょうこ》を|長山大樹《ながやまたいき》の兄との一件から降ろし、後任が現マネージャーの|桃瀬新《ももせあらた》になった。黒ぶち眼鏡の野菜で例えるならブロッコリーのような頭をした彼。尚弥の懸念している同性の成人男性ではあるが、桃瀬は尚弥の性格を理解し、完璧に仕事を管理してくれているので、ストレスを感じることはない。女性マネージャーなんて比較的に人数が少なくて、限られてくる故に一々拘っていられない中、下手な新人マネージャーをつけられるよりは、桃瀬がついてくれていた方がまだ安心できた。 そんな完璧に仕事をこなす彼が謝る出来事などあっただろうかと、窓から視線を運転席の方へと移す。 「ちゃんとNGだって打ち合わせで伝えてあったんだけど不愉快な思いさせてしまったよね」 桃瀬が続けて話をしたことで、彼の謝罪がインタビューの出来事についてだと諭した。メディアに出る以上、覚悟は承知の上で今まで立ち回れてきたもののここ最近は相手側に配慮をしてもらった上での出演で成り立っていたので油断していた自分にも落ち度はある。 「いいえ、構わないです。桃瀬さんは悪くないです。それに、彼女も好きなものの話で気分が上がってしまっただけだと思うので」 それに、この時期に父親の名前が出てくるということは自分もまた、一つ乗り越えなければならないものが残っているような気がした。 大樹があの朝焼けの日に前だけを向いて歩んでいた時の様に、自分も少しずつでいいから前に進まなければならないような気がした。

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