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「別に、そんなことはないと思います。あの(ひと)、僕に気を遣ったりお世話をしなくて清々しているくらいだと思うので」 親不孝な発言をしていると自覚しているが、彼女を語る上でどうしても侮蔑を含んだ物言いになってしまう。 「そうかな·····僕もさ、独り身の頃は親からの連絡が鬱陶しくて仕方なかったよ。でもいざ自分が親の立場になってみたら娘のことが心配でさ、一人で歩くようになって少し目を離した隙に転んだときなんて冷や汗ものだよ」 母親の恭子の話から急に桃瀬自身の息子の話に脱線していく。 3年ほど前に結婚した彼は、昨年一人娘が生まれたばかりで可愛い自慢をしたくなる気持ちは共感するまでに値しないが全く理解できないわけではない。それと恭子の話が結びつくのかは疑問であるが、尚弥は活き活きと話し始めた桃瀬の話を聞き流していた。 無反応でただ聞き流しているだけの尚弥を察してか「ごめん脱線したね」と 謝ってきた桃瀬は椅子を座り直し姿勢を正すと真剣に尚弥のことを見据えてくる。 「でもさ、この先何年経っても子供の心配は尽きないだろうと思うなって思ったよ。そして自分の子供がこの先も幸せにいて欲しいってね。その気持ちは恭子さんも一緒なんじゃないかな。母親なら自分がお腹を痛めて産んだ子なんだからさっ。尚弥君のこと愛していないわけじゃない。だから尚弥くんもそんな冷たいこと言わずに偶には連絡してあげなよ?君の事思って心配して一番信頼してくれてる俺に引き継ぎを頼んできたくらいなんだからさ」 桃瀬自身が言うように彼は事務所内では結構長い年数この会社にいて、誰からも信頼度は高い。恭子は後任の男性マネージャーを選ぶにあたって尚弥の苦手とするタイプを避け、既婚者で尚、信頼のおける男を寄こしてきたのだろう。長年共に歩んで尚弥のことを理解している母親だからできた事だ。 会社に勝手に割り振られて下手な新人を寄越されるよりずっといいし、むしろ助かっているが、霧が晴れないような複雑な心持ちになった。 そんな折、桃瀬は「尚弥くん。こんな話の後になんだけど、気持ち切り替えて、視聴おねがいします」とパソコンから律の新曲を流してくる。

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