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26-10
ブリュッセル公演場の控え室で、自分の醜態を晒してしまった記憶が新しいだけに、自分だけが彼に動揺しているのが悔しい。
「そう·····」
尚弥は平然を装い、あまり大樹の方を向かないように注意を払いながら、颯爽と大樹の横をすり抜けてピアノのある防音室へと一直線に向かう。
「あ、待て」
扉まであと数メートルの所で右腕を掴まれ、手を引かれてしまったので振り向かざる負えなくなってしまった。タオルを被り、毛先から地肌へと水滴を滴らせ、シャワーで火照った顔と身体が妙な色気を醸し出し、胸が波打つ。目線を背けたくても、そこそこに厚い胸板と締りのある上半身が横目でもチラつくので目のやり場に困っては、肩が竦む。
「お前、体調悪いんじゃないのか?」
そんなことはお構い無しに、尚弥が俯いていることを具合いが悪いと勘違いしているのか、顔を覗き込んでくる。
更に詰め寄られる距離。掴まれている手首から尚弥の地肌へと大樹の身体から沸き立つ熱が伝わる。
大樹の声が鮮明に耳に残り、鼓動が五月蝿く走りだしていた。
「べ、別になんともないっ·····から離せよ」
これ以上話しかけないでくれ·····。
大人しく部屋に籠らせて欲しい·····。
邪なことを考えてしまいそうになる頭を必死に今日デモを貰った楽曲のことで紛らわそうと試みるが、視覚の情報の方が想像の何倍も刺激的で気が逸れてしまう。
「そんな訳にいかないだろっ、|都内《あっち》に行ってたんだろ?もしかして、疲れてるんじゃないのか?」
「いいからっ!」
「あぶなっ」
大樹から距離を取るのに意識したあまり、フローリングの床に足を滑らせた。掴まれた腕を引かれて腰を抱かれたことで、転倒は免れたが自体は悪化する一方だった。
尚弥を助ける反動で宙を舞い、床へ落ちた彼の頭上に被せられていたタオル。先程まで敢えて逸らしていた大樹と目が合い、心拍数が上がる。
逞しい男に腰を抱かれ、助けられてはときめく女子の気持ちが分かったような気がする。胸の前で乙女のように自然と掌を握っては、まじまじと熱い視線を送ってくる目の前の男に動揺を隠せない。
ここは今直ぐにでも逃げるべきか·····ただ、その大樹の熱を帯びた視線を向けられるのは嫌ではなくて·····。
尚弥が身動ぐべきか迷っているうちに、大樹の顔が迫ってきては唇が重なった。
「·····んっ、んっ」
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