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尚弥と直接的に話すのを拒まれる。
冷静沈着な表情とは裏腹に拳を震わせ、何かを必死に堪えている宏明は、死しても尚、光昭に嫌われることを恐れているように見えた。それ程、彼は光昭に酔狂していて未だに愛しているのだと。
ただ宏明と父親が愛し合っている様は淫らで穢れているとさえ思っていた。だけど自分も人を愛することを知った。大樹のおかげで誰かを好きになって愛することはとても幸せなことだと知った。
宏明と父親は正当化をしてはいけない愛の形。でもちゃんと知りたいと思った。父のことも、宏明のことも。
「僕は知りたいです。貴方と父のこと。教えて貰えませんか」
知ることの恐怖と知りたいと思う気持ちがせめぎ合う。二人の関係を知って、自分はちゃんと受け止めることが出来るのか自信はない。しかし、宏明をしっかりと捉えて視線を離すことはしなかった。
「尚弥が知ったところで、君には理解できないだろ。話したって無駄だ。それに君を見ていると光昭さんを思い出してたまらなくなる。君を襲ったあの日がまさにそうだ」
あの何もかも壊れてしまった日から、お互いがお互いを恨み妬み、核心に触れることを避けてきた。宏明もまた、過去と真正面から向き合うことを避けているのだろう。
「じゃあ二人とも、事務所で話したらどうだ?第三者のわたしが見ている所でなら問題ないだろ?」
二人の間の長い沈黙を破り、そう提案してきたのは弦一だった。事務所の表とは尚弥が通ってきたグランドピアノの隣の打ち合わせスペースだろう。確かに弦一が目に見えるところにいると分かれば、少しの不安要素はなくなる。
宏明は弦一のひと押しで決心がついたのか、深い溜息を吐くとその場にエプロンを脱いでは「外の看板下げてくる」と尚弥を横切り、事務所へと繋がる扉から出ていった。
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